蝋燭の灯パート5

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今日は、仕事もそこそこに予定通り、心臓の先生のところに半年一回の定期検診に行きました。心臓のバイパス装着のために手術したのが5年前,癌だったら完治宣告なんですが、心臓の調子は、年を取るたびに悪くなるのが常識ですので、それなりに悪くなっているのかもしれません。手術をしてたとえバイパスとはいえ一度、心臓をストップしてますので、一度死んだ男,あとの人生は付録と思えばなんてかっこつければ、結構踏ん切りがついて、いい感じで、これから先できるのかもしれません。

 子供の頃、廃墟化した工場が家の近所にありまして、友達と忍び込んで、まーそこが絶好の遊び場でして。所が、裸電線をうっかり触って、ふらつき、本当にやばいの一言の事故に遭遇したことがあります。その時、間一髪、手に接触していた電線をそばにいた親友が、蹴飛ばしてくれたおかげで助かったことがありました。ぎっちょなもんで、普通は、左手を使用するのですが、なぜか右手で触ったというラッキーが重なって、難を逃れた思い出があります。これも、運が悪ければ、そこで終わった人生と開き直ることが、ありまして。結構それはそれで、電波人間で運命を信じる方なのでした。その時の友達も風のうわさでは亡くなったみたいだし、もうそろそろボロボロと私の関わった友も少しづついなくなっていく真実は、誠に持って自然の理なんだと思います。それにしてもガキの頃の一日の長かったこと、その真逆この年になって、日々の速いこと早いこと、順番はまさに、ところてんの押し出し器如く誠に必然と思う今日この頃なのでした。

 2か月前、日本人会の広報担当の実に仲の良かった人が、お亡くなりになったのですが、その人とは、毎週お昼を一緒にして、アマゾンや楽天においてもらっている、これまた売れない指圧の電子本をどうしたら売れるようにするか、かんかんがくがくと時間をつぶして楽しんでいたのでした。何しろ、私が思う、良い人ほど先に逝ってしまって、友達の極端に少ない私は、誠に寂しい事態が続いています。
 ただ、自分の性格を人生の最終コーナーまで来て、人に合わせる気などさらさらないので、これからも、目一杯寂しいことが起こるのかもしれません。親父は、大のデーサービス嫌い、これは前にも述べたことがありましたが、歳とって、孫に良いお爺さんでありたいとか、息子の嫁に良い義父でありたいとかサラサラ思いません。ましてデーサービスに行って知らない爺、婆と仲良くしてハッピーハッピーなんてするぐらいなら、家でふて寝した方がよっぽどいいなんて思う輩は、やっぱり変人なのでしょうか。
 それでも、寂しさを紛らすために、存在感を確認したいために、昔の栄光を得々としゃべる、爺にはなりたくないことは確かで、指圧で、社会貢献ができなくなったら、潔く逝きたいものです。ただただ認知症だけは、なりたくないものですが、こればっかしは、何とも言えないもので,ここの偉いマドリッドの飛行場の名前にまで使われている政治家の名門も、認知症でマスコミの報道もお亡くなりになるまでタブーになっていたし、最後、特に第4コーナーでは、躓きたくないものです。
 カタルーニャの元州知事も最後の最後で、爺になって汚職で捕まったし、何しろ人生は、最後の最後までわからないものです。結論としては、最後の最後息を引き取る時に俺の人生は燃え尽きたの一言を残して逝きたいものです。
まさにあしたのジョー 明日はどっちだー。とかっこよく行きたいものですがどうなんでしょうか。
 ただ嫁さんの口癖、ボケは先になった方の勝ちよろしく、と言われるたび妙にリアルすぎて、やばい考えるのよそうと仕事に励む自分の不甲斐なさに、やっぱおなごは強いわーと妙に感心のおじさんなのでした。ジャンジャン。

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