2022年5月18日
by 小野田
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onoda という映画

昨日は、マドリッドの日ということで、ごくごく限られた地域の祝日でした。スペインは、マドリッド州、トレド州といった自治体単位で構成されているためにそれぞれの州の祝日があるわけです。埼玉県の祝日、東京都の祝日と考えれば言い訳で、随分祝日が多いんだろうと想像しがちですが、なんと祝日の日数の多さは、日本が結構、世界の上位を占めているとのことでした。

これなんかも(祝日が世界一多いという真実)進駐軍が、のさばっていた時に日本人は、まじめで、仕事を屁とも思わぬ根性がありすぎるとのことで、その辺の固定観念をへし折ってやろうとアメリカの教育省あたりが、メンタルな真面目さを取り去り、仕事のし過ぎは、悪いことと洗脳させるためにどんどん祝日を設けた次第と解釈すれば納得するのでした。

終戦後の日本人の精神的解体をうまく試みたのが、アメリカのようです。ウクライナでは、ソ連軍が、ウクライナ人に恐怖という実体験を与える目的で、バンバン一般人を撃ち殺したり、レイプしたりしてるんだと、日本の軍事専門家が、言ってたけど、何のことはない軍隊の規律が守らていないだけで、終戦後の綿密なアメリカの作戦とは、異次元のようです。

何しろアメリカは、終戦後のどさくさに紛れて、日本人の生真面目さを利用して、日本の、日本人の誇りと自信を木っ端みじんに破壊するために躍起になったのでした。その陰に隠れた努力が、功を奏して、写真を撮るときには、ピースのポーズ、メードインアメリカは世界一、外人は、皆アメリカ人、英語ができない日本人は、ダメ人間、この辺を中心に日本列島に劣等感を植え込まれて、アメリカの日本は、属国に成り下がった(少なくても日本政府)のでした。

この文章を読めば、海外雄飛のおじさんが、なぜヨーロッパのピレネーを越えたスペイン、マドリッドに衣を構えているかは、少々ご理解できるかと思われます。

スペイン人は、結構アメリカ人が嫌いな輩も沢山いて、そうでもないかとふと思う、、、、、。違うのでした。我関せず、自分がハッピーならなんだっていいの根性のほうが、多いのかも、、、その辺の結論はまだ出ていません。

よく考えてみてください。このウクライナのソ連の侵攻にしても、やくざ映画の題名じゃないけど、代理戦争そのものじゃないですか。政治的な難しい辛みがあるのでしょうが、ぶっちゃけた話、、共産国と民主国のきれいごとの戦いを自国の領土で行わずに、あくまで他国でやるという、西側諸国やもちろんアメリカには、非常に効率的な方法で、正義はどちらだというような簡単な理論に置き換えて前に進んでいるのでした。

所で、軍事産業で一番儲かっている国はどこですか。生産された軍事機材(戦闘における武器)の実践においての使用で、軍事商品の開発実験の場にまさしく利用されているのが、ウクライナじゃないですか。この頃のyoutubeを見てると、橋下さんが、ネットでたたかれているけど、実際、殺し合いをしているのは、若い兵隊同士で、彼らは、誰だって死にたくないのです。ニュースでウクライナ兵の勇気と愛国心をほめたたえるニュースが至る所で流されていますが、この報道も極端に一方的で、いつだって、犠牲になるのは、前途のある若者という真実があるのです。アメリカの大統領のバイデンさん今何歳ですか、墓場に片足を突っ込んだ輩が、何を言っても迫力と真実が今一では、ありませんか。

幕末における江戸の無血終結、日本の一番長い日を迎えるにあたり、全面降伏を選択した昔の日本人の優れもの。今の日本の政治家の顔を見てるとこんな野郎たちの一言で、死んでたまる思いませんか。

ウクライナの全土のほとんどが破壊されて、停戦後の復興におけるインフラ整備の利権や汚職、この絵図を描いて、金儲けを企んでいる正義ぶった国々。純に考えれば、、頑張れウクライナ何でしょうが、一市民の平和的な暮らしを一番に考えれば、引けない一線なんか忘れて、若者の将来が幸福にあふれてそして平凡に終わる一生を考えた方がいいんじゃないかと芯に思うのは果たして私だけなんでしょうか。左寄りの平和主義も現実味がないけど、右過ぎた桜井さんも危ない気がします。

こんな時に、onodaという小野田寛郎さんのルバングでの終戦後の30年に及ぶ、ジャングルでの生き様の話の映画が、マイナーな映画館でやっているということで観に行ったんですが、ウクライナの戦争に妙にダブル所があって、妙に考えさせられました。有名な俳優は、イッセイオガタぐらいでしたが、3時間の放映が、あっと終わるぐらいの出来でした。久しぶりに考えさせらた映画でした。

2022年5月3日
by 小野田
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リタイヤの決断

このブログも大分無沙汰してしています。書き出すと2000字ぐらいの文字を目標に原稿用紙5枚を1時間ぐらいで書き終わらすのですが、この春も例年同様にまったくスローな無様な日々を送っているのでした。1年のバイオリズムで、私の場合は、まったく春が気の充実がなく、情緒不安定の時期でもあります。

東洋医学で言うと肝虚の状態で、体がすっきりしない、反対にこの時期は、無理をしないでなんとなく通りすぎる期間ということです。この時期、無理をするとこのタイプは、ストレスをためすぎて、ぽっくり逝ったり、事故を起こしたりと、そんな時期らしいので、それとなく気を付けて日々を過ごしているのでした。体が絶好調の時は、無理をしても回復力が旺盛でガンガン行けます。しかし身体の調子が落ちているときは、それなりの身体に配慮がないと病魔に襲われます。其の見極めが、できる体にしておくことが、指圧の役割なのです。蛇足になりました。

この年になるとはたして、第4コーナーの日々をどこで過ごそうかと思い悩むのでした。スペインにての生活が,38年になるわけで、さもスペイン語も生活にも慣れて、日々をお過ごしと思われますなんて、たまに友人が、定年退職した暇を持て余してメールなどをもらうときがあります。しかしスペイン語は、治療における施術の流れに沿っての会話、日常生活の最低限の会話、そんなもんで、5年に一度の滞在許可証と労働許可証の更新、飛行機に乗る際のコビパスポート提出などの日常生活から離れた、年に数度の特別な事情による特別のシツエ―ションを除けば、まったく同じ会話の繰り返しですので、今の生活が別段特別という訳でもなく日本にいてもスパインにいても、何らストレスの量は変わらないはずなのでした。

また子供が誕生したとか、新しい家をローンで買ったとか、治療所を大きくしたとか、そんなビッグなイベントは、とうの昔に通りすぎましたので、この年になって、日本からの年金のお金をもらうようになっても、仕事が自由業ですので、リタイヤの申請するまで、普段通りの仕事量をこなして、ぶつぶつ言いながらも、仕事をこなしているわけです。こんな時は、ふと、あといくつぐらい生きられるのだろうとか、嫁さんがもし先に逝っちゃったらどう生活設計を立てようとか、色々と思う訳です。そんな時、日本で終わらせる生活設計、スペインで終わらせる生活設計、どちらが楽しいかを見比べるわけなのでした。別に100年前の生活に困ってのブラジル移民と訳が違うので、その点は、この地で骨をうずめる価値の有無などはどうでもいいのでした。医療のケアーは、断然スペインなのでした。食い物の楽しみ、ショッピングの楽しみは、日本。確かに良いとこ、悪いとこ、確かにあるのでした。まだまだ現役でやれる自信はあるのですが。いい時期に引っ込んで、旅行や食道楽のできるときに楽しまないと、いつ何時、不幸が襲ってくるかは、誠に持って未知の世界です。暇がある時は金がなし、金がある時は、体が不自由じゃなんで今まで生きてきたかわかりません。この辺の見極めが、難しい所です。

突き詰めると、これで、リタイヤしたらさぞかし時間が余って、何をしていいのかわからずに途方に暮れるのではないかと危惧しているのが今の私ですが、コビが終わりに近づいたら、今度は、ウクライナ問題、誠に持って未来予測の難しい時代になりました。こればっかしは、スマフォのナヴィゲーターでは予測できないようです。さて今年も静観の時期なのかそれともGO GO の時期なのか、サイコロふって決めようか。

2022年4月16日
by 小野田
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セマナサンタGOGOの巻

今週いっぱい、学生さんは、セマナサンタというキリスト様の復活をお祝いする行事で、お休みです。そして昨日、今日とスペイン全土が、キリスト様が、十字架を背負って足にくぎなんか打たれて、恨めしや的に市内を引きずり回されて、挙句の果てに市民は、ゴーゴー泣いちゃう、うちの嫁さんに言わせると非常に気持ち悪い行事のためにお休みです。

ということでマドリッドは、全く静かで、市内の国道は、まったく車が、走ってなく、これぞ休日といった感じで久しぶりに小生ものんびりしているのでした。休みイコール、混雑の日本とは異なり、アレー、どこにみんな行っちゃったんだろうと首をかしげたくなるようなマドリッドが、あるのでした。

それでも旧市街に行けば、反対に地方からのお上りさんが、マドリッド市内をはとバスのマドリッド版よろしく赤い観光バスが、走り回っているのでした。そうですねー、マドリッド、見るものといえば、意外と博物館か、美術館ぐらいで、その手の興味がないとなるとフラメンコ見学(夕食付)ぐらいです。これなんぞは、南のアンダルシアが本場ですので、コルドバ、セビージャに行くのであれば、アンダルシア地方で見ることをお勧めします。

それじゃー生ハムとワインに舌鼓、これも今一の人は、本当に何もない所なのでした。近郊には、トレド,セゴビヤ、チンチョン、アランフエス等の中規模の都市がありますが、お饅頭を所かまわず売ってるわけでもなく,また来てくださいと揉み手をしているわけでもないので、時間があればお勧めする程度です。

観光客が、一番訪れる場所、ありましたありました。サッカー場です。レアルマドリッドの本拠地サンチアゴベルナベウ―です。サッカーファンは、必ず訪れ、写真を撮っていく場所です。マドリッドの北に位置します。私の治療所から歩いて10分に位置します。残念ながら、今工事中で、外観を写真に収めてもちょっと価値が落ちますが、サッカーファンならかならず訪れる所です。まだまだ、レアルマドリッドが、マイナーな30年前レアルマドリッド関係の人を良く治療しましたが。有名になるにつれてドクターがチームを組んで選手をコントロールするようになり、事務のお偉方ぐらいしか治療ができなくなり、今でも、きっとレアルの関係の人は,うちのスタッフが治療しているんでしょうが、我関せずといったところです。あの手は、わがままで、時間は守らないは、節制をしている感じもしないので、うちは有名人が来ても、かえって迷惑といった感じで、やらしてもらっています。中にはいい人もいるということは、確かですが。

スポーツ関係の人を昔は,よく治療をしたのですが、体の管理を重要視する時代に、スペインはまだなってなかったようです。むしろ肉を食ってスタミナつけろの時代で、マラソンのアベベ選手よろしくゴマを食って、とは言いにくく、何時の間にか、遠ざかった時代があります。

テニスのジャコビッチが、食養の本出して、頑張っているけど、まだまだに肉、肉イコール、スタミナの非常識を信じているプロがわんさかいるようです。それでも、サッカーを見てささやかな幸福感、これは、これでいいんだと思います。私は、38年間で2回程、招待されて、このサッカー場に行ったことがあるけど、人それぞれ趣味が違うのであるから、それはそれでよしです。

パラドールという国民宿舎が、各県、及び観光都市にあります。それを滞在期間限定の人ほど、せっせと休みを利用して、宿泊して、あの手のスタンプを押してもらいうふふと微妙な笑いを満足げにしているようです。8割がたのパラドールに3年間の期間限定で、フルに利用した商社員の家族を知っていますが、これなんかもいいのかもしれません。日本は、ちょっとした小都市を観光名所にしちゃうけど、スペインは、それがないので、行っても、あれあれとがっかりしちゃう雰囲気になる場所もありますが、それがスペインお良さと私は思っています。

暇なもんで、若干の自分の旅歴史を紐どくと、結構世界中を回っているのですが、すべてが仕事がらみで、飛行場、ホテル、レストラン、セミナー会場の定期便で、何も見ていないことに気が付きます。しかし指圧を通じて人との触れ合いは、十分ありましたので、これは、これでいいんだと自分を納得させたのでした。

このコビが、完全に終息したら、日本をゆっくり見たいなと今思っています。この年になると今しかないでしょが、妙にしみる言葉であることに気が付きます。

 

2022年4月4日
by 小野田
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6秒そして深呼吸の巻

私の住んでいるマドリッドでは、胸と胸をぶつけて、口に泡を出しつつ自分を主張する口喧嘩が一般的で、、手を出すという輩が暴れているのを今まであまり見たことがありません。もちろん、やくざ者の喧嘩は、別ですが、一般的な人間は、あまり手を出す、すなわち殴り合う喧嘩を私は、街で見たことがありません。

ただ車同士が、クラクションと鳴らしたとかで、車から降りて威勢の良いお兄ちゃんが,けんか腰で、食って掛かっているのが最近よく見られるようになりました。スペインは、結構いい車を乗っている輩が多いので、車を大事にするあまりなのか、車に乗ると性格が変わるのか、結構罵り合っている人をよく見っけます。ただ手を出すということは、あまりないようです。手を先に出した人が、とがめられがちの傾向があるようです。教育を受けた人のやることじゃないという一般的な常識の下で、成り立っているのかもしれません。

ただ、気の弱い人が、いじめられ続けるとそのストレスを忘れさせる趣味があるか、相当な人格者ならともかく、我慢の限界を超えて、一気に首を絞めて殺しちゃうといった極端なことが、たまに起こるスペインでもあります。スペインの夫婦は、特に女の人が気が強く、グングン引っ張っていくような蚤の夫婦が結構います。旦那さんは、罵られても結構耐えるタイプの人が、います。しかし限界を超えてぷつんと切れれば、見境がなくなり首を絞めて殺しちゃうことも可能な訳です。危険性は、どこにでもあるのですが、普段どこかでストレスを発散させていれば、良いのですが、世界的にストレス社会の世の中ですので、明日は我が身として、ストレスのない健康な体を維持しておかなければなりません。

私も、車であおられた経験が何回かありますが、田舎者の上京お兄ちゃんが、たまたま、アジア系の顔のおじさんだったので、ちょっとからかってやろうと思ったと解釈すれば、笑顔で、対応できるものです。車に野球のバットを携帯して警察の検問で、野球の試合が、あるんだと主張しても、バットを押収されたことが2回ほどあるので、危険防止の対策は、してませんが、いざとなれば、金的けりと目つぶしのテクニックだけは、いつも練習していますので、何とかなると思っています。手刀で頸動脈を圧迫する技も、使ったことはありませんが、マスターした時期がありますので、いざとなればやっちゃう覚悟はないけど、何とかなるだろと思っています。

ただ、自分の人生で、こんな非常識が起こるとは思っていませんが、外国にいると自分のことは、自分で守れが常識なのでこれぐらいのイメージトレーニングはいつもしています。

早々、あの映画俳優のアカデミー賞のスミスさんのことを書こうと思っていたのが、どうも脇にそれたようです。

この21世紀に戦争が起ころうとは、誰もが、思っていないのに実際、何人の善良な市民が、お亡くなりになったのですか。今もこの惨状が続いています。ウクライナの人は、ちょっと前までこんな惨状が、実際起こるとは、思っていなかったのは、100パーセント確実です。スミスさんだって、平手打ちを披露するほんの前まで、ハッピーハッピーで、一瞬にして地獄に落ちました。いつ何時、この不幸が、私に押しかかってこないとは、確信ゼロなのです。気を下げるポイントを7つほど、昨日セミナーで披露しました。そのポイントを就寝前の3分間指圧に改めて付け加えた次第です。

 

2022年3月16日
by 小野田
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逃げまくれ、そして生きろ。

1974年に加川良という歌手が、教訓一という歌を発表しています。あの頃は、ジョンバエズとかブラザースフォーそうあの辺が、ベトナム戦争の反戦歌などを世に送っていた時です。私は、ちょうど、中学を出て、高校で部活に精を出していた頃だったと思います。三島由紀夫の自衛隊駐屯基地での割腹事件が,高校2年生だったからあの辺、すなわちニキビ顔の純情青年で、女子高の文化祭に呼ばれもしないのに友達2,3人とあてもなく出かけて行ったそうあの頃です。

歌詞は、命は一つ人生は一回だから命は捨てないようにね。慌てるとついフラフラとお国のためなどといわれるとね。青くなってしり込みなさい。逃げなさい。隠れなさい。お国は、僕たち死んだとて後々まで残りますよね。失礼したで終わるだけ命のスペアはありませんよ。青くなってしり込みなさい。逃げなさい。隠れなさい。こんな歌詞の歌です。もちろん反戦歌なんですが、世の中は、お国のためにと、意気込む青年を英雄扱いして、戦争を正当化させて、若者を爺が決めた法案をもって死なせる世の中を皮肉っているわけです。結構印象のある歌だったことを覚えています。

鶴田浩二の同期の桜等の戦争を美化した歌とは、まったくもって対極的な歌なのでした。靖国神社で永眠するか、逃げまくって生き延びるか、この辺が問われるところなんでしょうが、今ソ連とウクライナの紛争がガンガン報道ニュースで流れていて、ウクライナの若い大学生が、インタビューで国のために銃を持って戦うと笑顔を浮かべて言い切る姿が報道されています。20歳そこらの若者が、自国の国難を見て奮起する勇ましい青年がまたまた勇ましく答えているわけです。もちろん日本の若いお兄ちゃんには、到底言えない言葉です。何年か前、指圧の講習で、イスラエルに行った時に、自国イスラエルの徴兵制のことを聞かされて、徴兵に行き、そのあとに大学に復帰して、自らの目標に向けて動き出すんだと夕食会で、希望に燃えて話していたイスラエルの指圧の生徒を思い出したのでした。もちろんへなちょこ日本の若いお兄ちゃんを不甲斐ないと思ったわけでした。

しかしいろんな角度から、判断できる時代になりました。ちょっと前だったらウクライナの若者の生き様を間違いなく称賛する自分がいるだろうと思います。しかし日本の今のぼんくら首相を見ていると、あんな爺様の下を見ながら棒読みするトップが決めたことに従いお国のためと命を懸けて戦うことが、イエスなのか,ノーなのか、確かに判断に迷うであろう自分を見つけたのでした。

シリアあたりの傭兵にしても、ソ連の兵隊さんにしても、実は、仕事がなく仕方なく兵隊さんになった人が、少なからずいるとの報道を聞いて、昔の東北の農家の次男、三男坊が、糧を求めて兵隊さんになった時代と何ら変わらない訳です。一握りのトップの野望のために若い命が、簡単に散ってしまうのは、誠に持って寂しいことです。

おいしい商売の軍事産業界の暗躍、ほんの一握りの国のトップのエゴ、誠に持ってほんの一握りの醜い豚野郎のお遊びに、付き合わされている一市民は、誠に持って迷惑千万な訳です。

そんなことを考えると、臆病でもだらしないでも、女の腐ったのといわれてもいいから、逃げまくって生きた方がいいという結論に達したのですが、どうでしょうか。。今は何しろ生き抜くぞーというウクライナの臆病な若者を私は、陰ながら応援したいと思っています。臆病が、当たり前、怖いが当たり前なんだから慎重に生き延びることだけを考えて行動してください。死んだ人に指圧は効きません。

2022年3月9日
by 小野田
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テレビの役割

スペインのテレビの報道番組は、ウクライナ情勢一本の報道合戦が続いています。このヨーロッパの一国。ロシアとウクライナの出来事ですので、当然といえば当然です。ウクライナ人の避難の動画が、すべてのニュース番組から、これでもかこれでもかと流れて悲しい現状が毎日のように平和な、ホカホカの家庭の中にあるテレビから流されています。こんな時、日本の友からのメールで、コロナの問題が、終わっていないのに、今度は、ウクライナの問題で、国民は、テレビにかじりつきだよというメールが届きました。

そんな時に、ふと思うことは、ウクライナよりアジアの抱えている問題が、あるんじゃないかという素朴な疑問でした。ミャンマー(ビルマ)の問題は、どうなっているんだという超素朴な問題です。日本の報道機関は、ミャンマーより青い目のまったくもって外人の国の出来事のほうが、インパクトがあるらしくロシヤやウクライナの歴史まで、垂れ流して、オンリーウクライナの状況です。

マーどこの国も同じらしく、ウクライナにかこつけて、くだらない、国民が怒るような議決をいつの間にか通過させたり、普通なら、2流週刊誌が騒ぐであろうゴシップが、ウクライナ問題という世界中が、興味を持つ問題に隠されて、ラッキーにも話題にならなかったり、確かに、命運が、2つ、3つに分かれたこともあったんじゃないかと思われます。そんな時に聞く、テレビのコメンターのいい加減な一言は、誠もって商業的金儲けでの言動でしょうが、妙にスーッと頭に入らないで、カチンとくる言動が目立つときがあります。

特に個人的にいえば、橋下とかいう昔大阪で、長をやってた人の、私の意見が正しく、他の人が言うことは、とんでもないといった風情のしゃべり方を報道番組で聞くと、金儲けとはいえ、この程度の人材に国民は、騙されてしまうんだなーと日本のおっちゃんおばさんの程度の低さに驚かされてしまいます。

スタンドプレイの好きな演技者といえばそれまでですが、妙に計算されたお言葉が、鼻につきます。弁護士だったら、地道に自分の仕事を全うしろよといいたくなるのは、私だけでしょうか。

ワイドショウに出てくるコメンターこの頃、弁護士が多いけど、自分の仕事をしろって、お笑い芸人だってワイドショウに出てないで、お笑いに命を懸けろって、皆、中途半端な生き様を見せている人が、マスコミに出まくって、テレビを衰退させていることはやはり事実のようです。

ジャーテレビなんか見なければいいだろうと言われそうですが、すみません。この年代のおじさんおばさん、けっこうテレビっ子なんです。テレビで育った年代なんです。その点を差し引いても、今のテレビに出てくる人材の質の低下は、事実であろうと思われます。確かに、スペインというよりヨーロッパのテレビは、誠にお金がかかっていなくて、面白くないことも事実なんですが、まともな討論会も結構流していることも事実です。

ただEuropeの家庭で応接間のセンターにテレビが、置いてあり、テレビが、日本のように主人公という発想は確かにありません。面白くないから見ないということも事実ですが、会話を楽しみ人生を語る所が応接間といった発想は、中間層の家庭のであれば、当然のようです。

ただスマートフォンの普及により、会話が消滅、家庭の断絶をもたらしたのも事実です。ただただ家庭内のことは、内輪の物で計り知れない物語があることも事実のようです。

こんなこともあり、私は、ほとんど今ではテレビを観ませんが,youtubuで暇さえあれば、食べ物のレポートと格闘技の観戦で時間をつぶしています。この辺が、妙にダラアっとしていられる時間と思っています。

日本人一億すべてが、評論家が、まかり通っているようですが、平和なんだから、今はいいけど、一瞬にしてすべてを失いつつあるウクライナ人の幸運を祈るとともに、明日は我が身を実際に感じさせてくれる今、私たちの覚悟を問いかけられていることを肝の銘じることが、できるかできないか、運命の分かれ目なのだと思いますが、どうでしょうか。

2022年2月28日
by 小野田
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愛国心

今更、赤尾敏じゃあるまいし、愛国心といわれてもちょっとどぎまぎしてしまう題材であることに気が付くのは私だけでしょうか。                                                                              手技療法の世界では、アメリカから来た手技療法は、結構な数の本が売れるらしいですが、どういう訳か私の指圧の本は、閑古鳥というパターンが常識の世界なのでした。一頃流行った、梨状筋、腸腰筋、トリガーポイント、そして筋膜リリースこの辺は、皆、アメリカから来た流行りもので、何のことはない東洋医学の経絡や理論、そしてテクニックから盗んだもので、メードインアメリカというと何故か日本人は、飛びつくのでした。

この減少は、終戦での傷跡を最大限に利用して日本人の金玉を引き抜いた教育のたまものであり、日本の歴史、昔の日本人の優秀さを根本から否定する教育を終戦後の日本政府が、無条件に肯定してその政策を受け入れたことに由来するのでした。

今更、今の若者はと嘆く爺に成り下がろうとは思いませんが、どうして日本人は、外人は無条件にgoodと受け入れてしまう体質になってしまったのでしょうか。アメリカ人が英語をしゃべるのは、当たり前でヨーロッパに来て英語一本で、はしゃぎ回る田舎者アメリカ人は、マー相手にされていない実際を目の当たりに見て、日本の赤坂、六本木あたりにたむろする外人の群れには、半ぐれより、質が悪い野郎が一杯いるでしょうに。早々この外人の特権を最大限にご利用しているキューバ人やコロンビア人を昔知っていましたが、この特権を一度味わうと母国には帰れないようです。母国に帰ってなにがありますか、仕事があるわけでもなし、プー太郎の生活が待っているだけなのでした。

西班牙にいて外人である私の特権は、皆無ということは、確かですが、心地よさのある国、スペインには、目には見えない特権があることは確かです。そうじゃなければ40年もここにいられるわけがありません。

金玉を抜かれた日本人は、有事の際、アメリカ様が、月光仮面よろしく、飛んできて助けてくれるといまだに国民の半分以上が、信じているそうです。ウクライナの初動において、アメリカは主だった行動をしましたか、するわけがありません。同情論がマスコミの報道で流れていますが、ソ連にとって何の影響もありません。プーチンは、屁とも思っていません。鈴木宗男とかいう政治家が、返してくれますと言ってソ連を擁護していた時期がありましたが、どうなりましたか。核を持たない国が、核を持っている国の発言にどう対処するのですか、中国が、沖縄を狙って、ソ連が北海道を狙って、こんなことは、常識でしょ。属国にして、そこから甘い汁を吸う、昔のヨーロッパの国々がやっていたことじゃないですか。それをソ連は、やったのです。中国だって、恐竜の如く餌を求めて、侵略するのです。

そこで、ウクライナの人民は、立ち上がったわけです。この2022年にこんなことが起こるとは、誰も思っていませんでした。しかし事実がここにあります。

ボーとしてると日本もやられるぞ。しかし私の時代の人は、皆、野次馬です。確かに若い世代は、日本に何がおこっても、おかしくないことぐらいの覚悟は、していてもいいのかもしれません。youtubeでのやくざ映画は、確かにこの世の中のからくりを知るために勉強になります。どうぞ暇なときは鑑賞してください。白竜なんか、かっこいいぞー。

2022年2月10日
by 小野田
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継続は力かもね、、、、。

継続は力 2021年 2月10日

ヒューマンワールド社(手技療法の専門出版社)のメールマガジンで5年ほど月一回のペースで指圧治療の原稿を発表してきました。

このメールマガジンが今年の2月で終わりということで、最後の原稿を書き終えました。5年間時間を作り、勉強のつもりで原稿造りに励んできました。まとめると原稿用紙約1000枚になりました。イラストを入れたので、半分膨らんだので、1500枚の長編大作になりました。書き直し、書き加えがありますので時間はかかりますが一冊の指圧の本にしようと思っております。体力と寿命が許せばの話ですが、今年、コロナが落ち着いたらスタートしようと思っております。ここに最後の原稿を載せますので、暇がある人は、ぜひ笑読してください。

阿是指圧

今回で、ヒューマンワールド社のメールマガジンの連載が終了ということで誠に感無量の一語に尽きます。

締め切り近くになりおたおたして、無い知恵をあぶりだして、どうにかここまで続いたことに、改めて驚くとともに、こんな良い勉強の機会を与えてくださったヒューマンワールド社の石井さんに改めて感謝の言葉をお送りいたします。

スペイン渡西

スペインのマドリッドに1984年渡西し、JAPAN SHIATSU SCHOOL IN SPAIN(ジャパンシアツスクールインスペイン)を設立して後進の指導とクリニックにおける患者さんの治療を約40年続けてきました。

当初は、指圧という日本の手技療法は、まったくマイナーで、渡西して5,6年ほど、鳴かず飛ばずの状態でしたが、徐々に口コミで広がり、嫁さんと子供2人の食い扶持ぐらいは、確保できるようになり、そんな中、指圧を習いたいという輩も徐徐に増えて治療一本で、やっていたのを指圧教室を開講して指圧普及も始まりました。いま改めて考えると無我夢中の最初の10年間だったようです。

30歳になる直前の決断でしたので、ダメなら日本に帰国さと開き直って日々を送っていたのを今でも覚えています。

無からの出発は、開き直ると強いものであっという間の日々が通りすぎました。

この商売は、大金持ちにはならないけど、乞食にもならないよと、先輩に何回も言われていたので、この言葉は確かに重みのある一言だったと今でも思っています。

外人も肩が凝る

外人は、肩はこらないよと、どこかのテレビのワイドショウで、ある整形外科の有名な先生が、自信ありげに言っていたのを聞いたことがあったので、スペインに来て若干の不安はありましたが、予想に反して肩こりだらけのヨーロッパ人を実感し続けてきたようです。

特に首は、クリスタルの首といわれるように華奢で、首の椎間板ヘルニヤの人が沢山います。腰痛も多く、理学療法士や整形外科医が、頑張っているようですが、イマイチの感があり、そこら辺に指圧療法が食い込んでいき、患者さんを獲得していった歴史があります。

阿是療法の創作

腰痛症は、反り腰の人が多いので、やはり椎間板ヘルニヤの患者さんが多く、30年前は、今と比べると手術が、花形の時代でしたので、手術の後遺症の患者さんや手術をもともと嫌う患者さんが通院していただきましたので、そこでの指圧治療の結果が良かったのか、バブルの金余りの患者さんが辛抱強く治療にお金を散在していただいた結果か、90年代のバブル期には繁盛させていただきました。

この時代に西洋人の腰痛症の治療を戦場外科医の如く、沢山治療させていただき経験を積み阿是指圧療法を確立しました。

この阿是療法は、ヨーロッパ人の体に合ったポイントや体の癖、そして体の使い方の癖を研究して作り上げたメソッドです。

面白いもので、日本人には、日本人に合った指圧療法があり、ヨーロッパ人には、ヨーロッパ人のための指圧療法があります。

農耕民族と狩猟民族の食生活の違いや体の各パーツの大小の違いなどを考慮した体のバランスの置き方などが、長い歴史によって、作り上げられました。またその反対にバランスの崩れ方によって治療法が、違ってくるといった奥深いものを常日頃、達観させられました。これは今でも続いている研究テーマです。

統一テーマ

この違いを考慮して治療を続けてきましたが、今この治療法の違いを前面に出すことが、いらなくなった時代に突入していることを実践を通じて実感しております。

ここ20年の間に人種や環境の違いによって治療法(刺激量等)が,変わっていたのが、コンピューターやスマートフォンの普及により全世界の人々の治療法が、妙に似てきたようです。。

一日8時間の労働におけるコンピューターの使用時間、其の挙句のスマートフォンの常用が一般常識になり、以前肩こりで悩んできた人たちが、首コリで、苦しむようになりました。この傾向は、若年層にも及び依存症で悩む若者が増えてきたのも世界的傾向といえそうです。

今起こっていることが世界同時にわかるという便利さをテクノロジーにより我々は、承ることができるようになりましたが、負の代償としての健康面に対しての後遺症も精神面の方で徐々に起こってきました。世界的な若者の自殺増加現象や、改めて便利さを追求したことによる代償が、健康に影響するといった負の面が目立ち始めました。

インナーマッスル

首コリで悩むとはどういうことでしょうか。小さい画面や、小さい文字を無理をして集中させつつ見るようになり、骨盤を筆頭として、頭蓋骨や頚椎を安定させる奥にある骨に付着するインナーマッスルが、癒着して、緊張時間が長いゆえに拘縮作用が増大して、筋肉の作用である緊縮と解放の作用が、うまく作用しなくなります。平たく言うとコリが、奥に奥に、逃げていくようになりました。

骨に凝りがこびりついた状態を想像してください。錆が奥に染み渡るようになった状態を想像してください。

浪越徳治郎先生や増永静人先生の時代は、僧帽筋や大胸筋などを代表とした表面の大きい筋肉が、コリにより血液循環不良を訴えてきました。俗に言われる肩こりです。そんな訳もあり、治療として表面のコリを処理してきました。

しかし現代人の凝りは、奥に、奥に凝りが逃げて、インナーマッスルに影響を及ぼすようになりました。インナーマッスルや筋膜部に影響をを及ぼすとどうなるのでしょうか。

心体一如

神経、特に自律神経のアンバランスを誘発するようになりました。

すなわち凝りが奥に移行して精神的疾患を誘導するようになりました。

この辺が、くせ者で、西洋医学を勉強した現代の医者は、精神と肉体のアンバランスが、体にどう影響するかの研究は、おざなりにされていた学問でした。医学界において実は、いまだにわからない部分の代表格なのです。

特にこちらの医者は、精神と肉体のアンバランスが、気の病、すなわち病気を創るというメカを習っていません。

ミクロ医学の弱点が今現実に表れているのです。切除(オペレーション),薬の投与を医者の仕事の最優先に置く現代医学の弱点が、世界的に表面化したのです。

指圧の心

こんな時だからこそ、手を当てる療法の価値をもう一度、見直す時が来ているのです。30年後に残る仕事に指圧は、チョイスされています。

難病を治すのも医者の仕事です。しかし現代は、機械やコンピューターに奴隷のようにこき使われている我々がいます。

患者の目も見ないで、薬を処方する医者、血液検査に責任を転嫁する医者がいます。

こんな時だからこそ何気ない微笑、そして超原始的な手のぬくもりによる手当てが必要な時なのです。

プロとして早く患者を楽にしてやりたく、長年にわたり数々の阿是指圧テクニックを習得してきた一治療師である私が、今言えることは、ただただ無心に手を当てる、母心が一番の治療と確信したことです。

まだまだ修行の身ではありますが、今一度手当てが、無の心をもって患者さんが、望むところにミリメトロの違いもなく置くことができるまで、修練したいと思っております。

一様ここで、筆を下ろします。そして皆様の健康をお祈りいたします。

またの機会を楽しみにしております。

ありがとうございました。

      阿是指圧 代表 小野田茂

マイナーな世界ですが、私たちは、誇りをもって患者さんに毎日毎日接しています。顔がほころぶと体にENERGYが湧きます。体が楽になると寿命が延びます。どうせの一生であれば、楽しい方がいいに決まっています。手当てをした後の笑顔は、最高です。手当ての代わりに笑顔をもらう、こんな最高な仕事は、ありません。スキな仕事を選べたことに感謝です。所で、コロナの2年間、良くつぶれずに堪えたよなー。これも感謝感謝。

2022年2月2日
by 小野田
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ローマの休日

指圧の講習で、昨年の10月からイタリアローマに月一回の割合で、出かけます。ローマに行くといってもいつものように金曜日の夕方のフライトでマドリッドをたち、日曜日の夜のフライトでマドリッドにたどり着くという強行軍での旅行であり、ローマの休日には、程遠い日程なのでした。

その上、月曜日の朝から一本クラスがあるので、昔の40代ごろのバリバリの指圧師をイメージしながら日々を送っていますが、消耗の一言が、誠にマッチする日々をいまだに過ごしているのでした。断ればいいのだけれども、オファーがあれば、今日を生きるをモットーにしている自分を追い込んで、頑張ってしまう昭和人なのでした。

この自分を追い込むことを何回も実践しているとこれはこれで、ハピネス自虐化ホルモンが出て、当人は、結構苦には、ならないみたいです。要は習慣であり、結構短い人生をコチョコチョコ歩いている私たちは、みんなこんなもんだと思っています。ただ、この時期、おじさんおばさん世代は、搭乗手続きをして、ほっとしていると飛行機に搭乗する寸前にイタリアに入るための書類を見せろと言われたりして、急にスマートフォンのアプリに食らいつくことを屁とも思っていない若者は、動じませんが、私などは、もうパニックで、同乗者がいなかったらアウトだと思われたことが、何回もありました。

まだまだ旅行を気持ちよくできる時期では、ないのかもしれません。客も飛行場のスタッフも自分では意識していないものなんでしょうが、みんなカリカリで、気が上がって人生を妙に消耗している人を沢山見かけます。パンデミックの影響は、計り知れないものがあり、負の負担増が妙に目立ちだしました。

経済だけを優先している政策を世界中の国々は、取っているけど、人類の精神的なダメージは、未来にずんずん響いて、とんでもない世界になるのではないかと妙に胸騒ぎがします。しかしながら、幸か不幸か、既に我々の青年は荒野を目指すの世代は,じきに永久冬眠に入るので、この事は、未来人にお任せです。

結論として、ひとこと言わせてもらえば、飲食店に入る際にグリーンパスという予防接種をしているという証明が必要だったり、行きかう人々の目元から、警戒心ビームがガンガン飛んでいたり、マーひどい世界になりつつあることだけは確かです。

こんな時こそ指圧が、必要なんだけれども、人は、訳の分からない宗教に入信したり、お金を得ることが幸福を得る近道と妄信したり、心の幸福を忘れる人が多くなっていることは、確かなようです。

それでも生きなきゃ、落ちていくだけなので、頑張るしかないのでした。未来人の目の輝きが、いつまでも、燦然と輝くことを願うばかりです。

追記

本日、スペインの空手界を世界のトップにまで、押し上げたレジェンド山下先生が、他界しました。前王様のjuan calros 王に個人的に空手指導したのが、山下先生です。今回の東京オリンピックでも、型の部門で、スペインの女空手家が、金メダルを取りました。この燦然と輝く道を作ったのが、日本人の空手家軍団です。その中のトップが、この先生でした。ご冥福をお祈りいたします。

2022年2月㏠の日本人会からのメール

マドリード日本人会 会員の皆様

 

日頃より当会の運営にご協力頂きどうもありがとうございます。

 

本日、マドリード日本人会で会長職を長年務められ、現在は特別顧問として会を支えて下さっていた山下洋佑(やました ようすけ)様のご訃報を受け取りました。〈享年80歳〉

当会の発展に長年ご貢献下さった山下様が亡くなられたということで、残念でなりません。先ずは会員の皆様にこの件をご連絡申し上げます。

現在ご遺族の方と連絡を取り、お通夜、ご葬儀等の日程等について伺っているところですが、今現在はまだ決まっていないと伺っています。

ご遺族の方からの日程等のご連絡があり次第、当会会員の皆様にもご案内申し上げますので暫くお待ち下さい。

謹んで山下様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

マドリード日本人会

会長 福田俊彦

2022年1月9日
by 小野田
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2022の年頭のお言葉

スペインは、1月6日のロスレージェスというこどもの日が、終わるとクリスマス、お正月、子供の日、この3つの続き休日が終了ということで、街も仕事も平常通りになります。普通はなるのですが、このオミクロン株が猛威を振るっていますので、またまたマスクのお世話になる生活が、待ち構えているのでした。

スペイン人は、結構マスクを使用することに違和感はあっても、フランス人やアメリカ人のわがままさが、若干ないので、結構、街を闊歩する人たちは、マスクをして行動しています。

日本人学校で、餅つき大会を会員限定で、推し進めていたようで、係りの人が、奔走していたようですが、中止になりました。この状態では、しょうがないようです。大使館が絡めば、無理して得の無いことは、やるわけがないのでした。

予防接種が、3回終了した、私たちの年代は、一様安心圏内なのですが、ならないに越したことはないので、気を付けていますが、今回は、誠にごくごく近親の者が、かかっていますので要注意が必要とのこと。

クリニックのスタッフは、全員今まで問題はなかったのですが、この緊張がまだまだ続くとなると自称鉄人の私でも正直参っています。患者さんは、38年の歴史を信じてか、8割がた、戻っていますが、3年目に入ってスタッフの精神的負担は、ただものではないので、スマイル、スマイルを合言葉に頑張っては、いますが、どこまで、この平常心を維持できるかは、神のみぞ知るです。

昨日、マドリッドにある自営業の邦人の集まりがあって、暇なんで参加しました。旅行関係の人が、GO TO トラベルが本当にトラブルになったねというので、古い冗談で笑いを求めるなと愛想笑いで、一件落着したんだけれども、実は、ここからの会合が面白くなったのでした。

政府の観光支援策GO TO トラベルで大手のHISの子会社ミキツーリスト、ジャパンホリデートラベル,JHATの3社が、不正を働いて、お金を不正着服したとの事件で、なんとそのミキツーリストの社長は、マドリッドで長年ミキツーリストで働いていた人なのでした。ミキといえば、宗教団体のPLを思い浮かべるのですが、そうです、ミキの母体は、PLです。ミキプルーンなんかもその手だと思います。

そのミキで、60年代、70年代のヨーロッパ旅行ブーム時に、最初のマドリッド支店長として一時代を作った人が、宮本さんという人で、今は、お亡くなりになりましたが、いい時代を生きた人が宮本さんで、そのごく近所に私は、住居を構えているのでした。

その配下で、働いていた人が、大抜擢されて、日本のミキツーリストに社長として日本に帰国したのでした。その人が、今日本のニュースで、話題になっているミキツーリストの社長なのでした。実際お付き合いしたことは、ありませんが、何分狭いマドリッドの邦人世界です。ソフトボール大会や補習校の父兄としての付き合いは、確かにあったと記憶しております。・

子会社の社長ということで、親会社の命令一つで、トカゲの尻尾きりで、終わりという最悪の事態を想定しての悲しい結末の話題だったのですが、新年会の後、事務所に戻り、検索して調べますと、組織的な悪の色が濃く、一職員の私欲の犯行には程遠い感じがしました。おそらく会社愛が先行した犯行と思われました。会社のためにと思ってやったことが、もし懲戒免職で,ハイバイバイじゃ、妙に寂しいと思った次第です。自由を求めて外国に行き、サラリーマンで、花開き、なんとなく終わるのもこれも人生かなーと、ふと思った次第です。今の旅行業界、生き残るためになんだってやるでしょ。ここに政治家が絡めば、松本清張の世界にどっぷりになるのでした。これなんか氷山の一角でしょうに。ただ都合が悪くなると保身のために何でもやりますので、適当に妥協して、またマドリッドに帰ってくればいいよと内心思った次第です。スペインは、懐が深いぞー。

海外雄飛が死語になった今、青年は荒野を目指してきたけれど、例えその終着駅にたどり着いても、おじさんは、まだまだ死なない。2022の年頭のお言葉でした。