2017年10月15日
by 小野田
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流れを読むパート2

 殿、いざ出陣を、殿が戦場で,エイエイオーと一言、一言、叫んでいただければ、兵士は、命を懸けて戦場を駆け回ります。いざ、いざと小池百合子さんの側近は、はやし立てたんだと思います。そこで、出陣してたとえ負けても、たとえそこで、斬首されても、そこは日本国内での日本人同士の戦であれば、ざまあみろ、あれは無駄死に、と世間様は口が裂けても言わなかったと思いますが、策士が策に溺れたか.生き延びを考えたか、何か切れ味が悪かった感じを世間様にさらけ出したのは確かにマイナスだったようです。 続きを読む →

2017年10月4日
by 小野田
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流れを読むパート1

日曜日マドリッド日本人会主催のソフトボール大会がありました。90年代のバブル絶頂の時期には春、秋2回の大会で,参加チームも、日本の証券会社や銀行も撤退前でイケイケのムード,16チームの参加ということで、絶頂期でした。バルセロナでオリンピック、サラゴサで万博と勢い凄まじくイケイケムード一色の時代がありました。 続きを読む →

2017年9月24日
by 小野田
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ワーキングホリデー

スペインと日本が外交の正式な調印をしてちょうど来年150年を迎えるとのことです。外交150年だそうです。日本とスペインは、ドカンと直接戦争したわけでもなく、なんとなく甘いお姉ちゃんがフラメンコやりに来たり、ここのお宅が漫画とかコスプレ、果ては空手、柔道、ついでに指圧まで受け入れちゃってる国、何しろ友好国なんだそうです。日本の大使も、ここは最後のお疲れさん、ご苦労さん勤務地で、楽々の任務を終えて退官の花道コースなんだそうです。 続きを読む →

2017年9月14日
by 小野田
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平々凡々パート2

 確かに好きなことやって生活できればそれに越したことがありません。好きだったらいくら残業やっても肉体的疲労はあるのでしょうが、精神的ストレスは極端に少ないはずです。好きな娘といれば時間のたつのも早いし、どんな難題を要求しても、いやな顔せずに業務遂行ですよね。 続きを読む →

2017年9月4日
by 小野田
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専門学校に行くということ。

 専門学校に入る目的は何ですか。もちろん手に職を持つ、手に職をもって食いっぱぐれがない世界に入り込む。一匹狼で生きてゆく。お山の大将になりたいために専門職の学校に入る。こんな感じが私の時代では一般的でした。そしてたまたま入った世界が、その人にあっていれば、万々歳で、水を得た魚よろしく、のめりこんでゆく、ここら辺の先行きまで見て進路を決めることができる人は、マー何をやっても成功します。 続きを読む →

2017年8月20日
by 小野田
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指圧列伝 鈴木林三 パート1

 ベテランの、そして伝説の指圧師の施術を見てみたいと思う時があります。浪越徳治郎先生を筆頭に息子の徹先生、井沢先生、よく古い先生からお名前を聞く、門間先生、禅指圧の増永先生、この辺の伝説の指圧師の施術を観て、神業の一つでも拝めれば、それはそれで価値があるわけです。そんな時、video好きの稻場先生に尋ねると協会が持ってるんじゃないのと、教えてくれました。協会に尋ねると、記録として残っているかもしれません。調べてみます。この返答で、いまだ返答なし。 続きを読む →

2017年8月18日
by 小野田
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お袋は永遠に不滅です。

2種間ほど日本にいました。幸い長雨で、2週間のほとんどの滞在期間、雨に降られてしまいました。こちらとしては、じっとり感が少なくむしろラッキーな日本滞在でした。目的は、2つ94歳のお袋へのあいさつと指圧界の重鎮、鈴木林三先生のビデオ撮りでした。 続きを読む →

2017年7月24日
by 小野田
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ルーマニアにてパート1

ルーマニアというとすぐにコマネチを連想する年代は、ちょうど私あたりの年代かもしれません。ビートたけしさんのコマネチポーズで笑えるのもまったくもって、昭和枯れすすきの歌を聴いてニヤッとしてしまう私たちの年代のようです。 続きを読む →