運命の引き2018夏

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 facebookのメッセージに25年前にスペインでお世話になった、小野田さんにぜひ会いたいとのメッセージが届きました。25年前というと1993年丁度バルセロナオリンピックが開催された年で、スペインもバブルがはじけるか、はじける始まりの妙にランランの年に当たります。あの頃は、私もスペイン9年目、2人の子供はすでに誕生して、仕事も体も絶好調の年代です。
 日本企業もどんどん進出して、春秋のソフトボール大会の参加チームが16チームもあり景品もどっさりの時代でした。ちなみに今現在のソフトボール大会は、秋大会だけで5チーム、それもスペインチームが2チーム参加、日本のチームは、私のichi チーム、大使館、日本人学校混成チーム、三菱チームの3チームという寂しさです。日本人学校の生徒も20人を切って存続の危機といった時代の代わり様なのでした。その一方、イベリア航空が、日本への直行便を増発したおかげか知りませんが、マドリッドから日本へのフライトはいつも満員らしく、気楽にスペインの若者が、日本を訪問するらしく親日家が増える一方、何となく知り合ったスペイン人と、日本人のカップルが増えるという相乗効果の結果か、国際結婚のカップルが増加、それに伴い週末の補習校が、160人増えて逆転現象が起きているようです。
 何回かメッセージのやり取りをして、7月の終わりにバルセロナ、マラガと旅行をして、最終目的地、マドリッドに到着です。
 早速そのご夫婦と夕食を一緒にすることになりました。治療所にお越しいただきそして夕食です。銀行にお勤めの旦那さんで、93年に語学研修に来ていた人で、奥さまも同行して1年を過ごしたとのことでした。お話を伺うと、なるほど、あの時のご夫婦と夕食を食べながら合点がいくのでした。お子さんが,塾の公文で一緒だったこと、家で働いていたテネリッフェのモンセの親父がその人のフィアットの車を、安く譲ってもらったこと、特にうちの嫁さんが、懇意に奥様とお付き合いしたようです。中々、面白い人たちで、あっという間の楽しいひと時でした。25年の歳月、お互いいろんなことがあったのでしょうが、人生の節目として、25年前に接点のあった人にお会いできた、人生の面白さに、何か生きててよかったのコールが聞こえたような気がしました。この頃、40年もあっていない大学の悪友がマドリッドに訪ねてきたり,同窓会の通知が届いたり、確かに人生の第4コーナーにいる自分にハッとするのですが、接点の一時期、そして旅立ち、偶然か、必然か、またの再会。今日をしっかり生きると、明日につながっているという期待感、若い時期のはち切れそうな日々ではなく、いぶし銀の如く最終であろうひと時の日々の面白さを痛感する日々です。
 嫁さんと娘が、ちょうどその日、日本に行った日でした。これで残念で終わるのが、普通なんですが、昨日、嫁さんと娘、ご夫婦と公文で一緒だった息子さん達と新宿で夕食したとの報告、よかったよかったを連発する嫁さんと娘、何か、運命というか、ある種の人生のめぐり逢いを感じた次第でした。無理しなくても、会える人は会える、会えない人は、一生会えない。この単純な定め。結構人生って、生きてると面白いこともあるんだなーと感心したのでした。
こんなことがあった夏のマドリッド、妙に生きいきして 明日に期待するぞーと一人飯を作るおじさん。嫁さんのいない間、めんどくさいので、簡単食1本のおじさん。、食べないことで2㎏減った体に思わずありがとう。

2 Comments

  1. いつも楽しく拝読しております。そうですね、会える人は会える。生きていると面白いことありますね。私も小野田さんにお会いできる日を楽しみに生きることにします。

    • この年になると1日の密度が非常に高くなります。その日を精一杯、生きるこれにつきます。再会を楽しみにしております。

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