テレビの役割

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スペインのテレビの報道番組は、ウクライナ情勢一本の報道合戦が続いています。このヨーロッパの一国。ロシアとウクライナの出来事ですので、当然といえば当然です。ウクライナ人の避難の動画が、すべてのニュース番組から、これでもかこれでもかと流れて悲しい現状が毎日のように平和な、ホカホカの家庭の中にあるテレビから流されています。こんな時、日本の友からのメールで、コロナの問題が、終わっていないのに、今度は、ウクライナの問題で、国民は、テレビにかじりつきだよというメールが届きました。

そんな時に、ふと思うことは、ウクライナよりアジアの抱えている問題が、あるんじゃないかという素朴な疑問でした。ミャンマー(ビルマ)の問題は、どうなっているんだという超素朴な問題です。日本の報道機関は、ミャンマーより青い目のまったくもって外人の国の出来事のほうが、インパクトがあるらしくロシヤやウクライナの歴史まで、垂れ流して、オンリーウクライナの状況です。

マーどこの国も同じらしく、ウクライナにかこつけて、くだらない、国民が怒るような議決をいつの間にか通過させたり、普通なら、2流週刊誌が騒ぐであろうゴシップが、ウクライナ問題という世界中が、興味を持つ問題に隠されて、ラッキーにも話題にならなかったり、確かに、命運が、2つ、3つに分かれたこともあったんじゃないかと思われます。そんな時に聞く、テレビのコメンターのいい加減な一言は、誠もって商業的金儲けでの言動でしょうが、妙にスーッと頭に入らないで、カチンとくる言動が目立つときがあります。

特に個人的にいえば、橋下とかいう昔大阪で、長をやってた人の、私の意見が正しく、他の人が言うことは、とんでもないといった風情のしゃべり方を報道番組で聞くと、金儲けとはいえ、この程度の人材に国民は、騙されてしまうんだなーと日本のおっちゃんおばさんの程度の低さに驚かされてしまいます。

スタンドプレイの好きな演技者といえばそれまでですが、妙に計算されたお言葉が、鼻につきます。弁護士だったら、地道に自分の仕事を全うしろよといいたくなるのは、私だけでしょうか。

ワイドショウに出てくるコメンターこの頃、弁護士が多いけど、自分の仕事をしろって、お笑い芸人だってワイドショウに出てないで、お笑いに命を懸けろって、皆、中途半端な生き様を見せている人が、マスコミに出まくって、テレビを衰退させていることはやはり事実のようです。

ジャーテレビなんか見なければいいだろうと言われそうですが、すみません。この年代のおじさんおばさん、けっこうテレビっ子なんです。テレビで育った年代なんです。その点を差し引いても、今のテレビに出てくる人材の質の低下は、事実であろうと思われます。確かに、スペインというよりヨーロッパのテレビは、誠にお金がかかっていなくて、面白くないことも事実なんですが、まともな討論会も結構流していることも事実です。

ただEuropeの家庭で応接間のセンターにテレビが、置いてあり、テレビが、日本のように主人公という発想は確かにありません。面白くないから見ないということも事実ですが、会話を楽しみ人生を語る所が応接間といった発想は、中間層の家庭のであれば、当然のようです。

ただスマートフォンの普及により、会話が消滅、家庭の断絶をもたらしたのも事実です。ただただ家庭内のことは、内輪の物で計り知れない物語があることも事実のようです。

こんなこともあり、私は、ほとんど今ではテレビを観ませんが,youtubuで暇さえあれば、食べ物のレポートと格闘技の観戦で時間をつぶしています。この辺が、妙にダラアっとしていられる時間と思っています。

日本人一億すべてが、評論家が、まかり通っているようですが、平和なんだから、今はいいけど、一瞬にしてすべてを失いつつあるウクライナ人の幸運を祈るとともに、明日は我が身を実際に感じさせてくれる今、私たちの覚悟を問いかけられていることを肝の銘じることが、できるかできないか、運命の分かれ目なのだと思いますが、どうでしょうか。

3 Comments

  1. プーチンが仕掛けた戦争があまりも酷いので、ミャンマー問題はすっかり影をひそめてしまいました。岸田政権もこのたびはウクライナ避難民を積極的に受け入れざる得ないようで、姉妹都市関係の京都市や横浜市を始めとして、各自治体も名乗りを上げています。又モスクワからロサンゼルス経由ティファナに飛ん、でメキシコに難民申請するロシア人やウクライナ人も増えているとのことです。
    ともかくイスラエルとかトルコ或いは中国の仲介で、何とか早い機会にトップ会談で停戦にこぎつけて欲しいものです。

    • 日本の若者と比べるとといいたくなりますが、若者は、未来があるんだから、かっこつけずに下手な正義感など出さずに逃げ回ればいいのです。勝手に戦争起こして、若者が死ぬこと自体が、矛盾してて、生き延びることを考えるべきです。

      • 女の腐ったのは、の表現は、差別用語ですね。この意味も死語になりつつあります。だって女の人が,強く生きるようになり、男がだらしない世の中になりました。

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