親父の足跡

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 親父は、だいぶ前に逝ってしまったんだけど、今になってこの年になって思うことは、実は親父のことを何も知らない、何も知らなかったという事実です。日本の昔の親父は、別に存在感はあっても、いちいち息子に親父の歴史なんか語らないでしょ、というごくごく短絡的発想で、うちの親父は、ごくごく普通の日本人だったんだと思う訳であります。

 今すごく印象に残っているのは、毎年、年末の12月10日に武蔵一之宮氷川神社でお祭りがあるんです。10日市といわれて、その日は確か公立の学校は半日で終わりで、その日を来るのをいつも楽しみにしていた思い出があります。大きくなると友達と連れだって行くんですが、小さい子供たちは、もちろん親御さん同伴になります。神社の本殿までの道のりが相当あり、このサイドに見世物や屋台が出ていて、子供にとっては、ウキウキの一日なのでした。
 自分の子供の頃、こんなお祭り場では、まだまだ、白の浴衣みたいのを羽織り,胸に募金箱のような箱をつるしてアコーデオンかなんかを弾きながら2,3人の戦争で負傷したと称する人が、お金欲しさに頭を下げている光景が普通にみられたものです。俗にいう傷痍軍人の人たちです。
 10日市などの催事場では、もちろん私の子供の頃までは、戦後の一幕としてまだまだこんな光景は普通に見られたように思います。
 そんなグループに遭遇すると、親父は,きまってかなりの額のお金を募金箱に入れるのでした。頭を下げながら確か、ご苦労さんとも言っていたような気がします。私は子供心になんで、こんなおじさんたちが、白い浴衣を着てここにいるんだろうと疑問は確かにあったんだと思います。それが、数少ない親父の思い出の一つです。決まって達磨と鯉の生きているのを買って翌日親父が調理した鯉のあらの入ったみそ汁と刺身を食べた思い出があります。
 
 もう少し自分が大きくなっての、思い出としては、2か月に一回ぐらい自分の家で、親父の友達という目のない人、頭が妙にへこんでいる人、手の指のない人等がお酒を飲んで親父も普段見られない楽しそうな顔で酒を飲んでいることがうっすらと思い出せます。まるでその宴会はゲゲゲの鬼太郎家族の宴会を彷彿させる物でした。一回だけ覗いたことはありましたが、怖さもあってそれ以降は、そんな宴会があると自分の部屋に入ったまま彼らが返るのを待ち望んだものでした。
お袋はというと、お父さんの戦友よ。楽しそうでしょ、と酒の肴をこれまた楽しそうに作るお袋がここにいたのでした。お袋曰く、お父さんは2回ほど満州に兵隊として行き、昭和19年に負傷兵として日本に帰還したということでした。そういえば、よく冬などは、自分で腕をマッサージしていたのを覚えています。確か右の中指の中節骨からなく、肘窩のあたりにくぼんだ溝がはっきりありました。腕に銃弾が貫通して中指が吹っ飛んだという事らしいのでした。
 お袋もこの程度の説明しかしてくれなく、また私自身も興味がなかったので、この話は、親父も傷痍軍人で、その会合が自分の家であったということぐらいで時が経過したということです。親父は死ぬまで戦争のこと、負傷したこと、傷痍軍人会のことまったく私たち子どもには話さないであの世に旅だちました。
 もっと聞いとけば、親父、とくとくと嬉しそうにして話したんだろうか、誰かに話を聞いてもらいたかったのだろうか、今となっては判りません。94歳のお袋に日本に帰った時に聞いてみようかとも思いますが、おそらくそんなこともあったねーといって、終わりのような気がします。私だって死んでいく時がきたら、きっと息子、娘にそんな自分の昔話などしないと思います。うちの連れがわかってくれれば、それで良しと納得している、自分がいるような気がします。
 今考えると、祭り場の境内で堂々と、募金を乞う傷痍軍人が,実は本物か偽物かは、親父ならすぐにわかったはずですが、あえて彼らに頭を下げてお金を差し出した親父がいたことを身内ながら誇りに思うべきなのか、もっと複雑な心境が親父にはあったのかは、今となっては、わかりません.しかし親父似といわれる、実の息子の心の奥底には、なんとなくわかったような、理解したような満足感が心の片隅あるのも事実のような気がします。

3 Comments

  1. 自分は父を亡くして4年になりますか…
    娘なので、やはり母親との関係と比較し、父とはあまり接触がなかったので、思い出らしきものが極端に少ないですね。
    まだ元気だった頃の父の姿を思い返すと、懐かしさと愛しさで、今その父が居ない事の寂しさで涙が流れます。

    • 親父の存在なんてお袋に比べれば外での苦労を知らないせいか、微々たるものですね!

    • 子供、おふくろに言わない。親父だけの楽しみがきっとあったんだと思うと、私もそんな年になってしまったんだと、ちょっと焦りますね。

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