2021年12月31日
by 小野田
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大晦日

毎年の恒例で、日本から送ったもらったもちろん日本製のカレンダーを患者さんやお世話になった人たちにプレゼントをする時期なんですが、どういう訳か遅れに遅れて日本通運とすったもんだの末に、例年なら12月の初めに届く荷物が、クリスマス寸前に届くというハプニングに追われて今、郵送や治療所に来る患者さんに渡すためにすったもんだの大忙しなのでした。

中には、12月に一回しか、ただただカレンダーをゲットするために来院する厚顔もいるのでした。32年間毎年日本から送らせて、カレンダーにお世話のお礼を込めて、手渡しするのが、私なりの年末の行事なのでした。フイルムに映し出された日本の景色を堪能できる豪華なカレンダーは、結構人気なのでした。

日本の問屋さんに発注して8月の終わりに川越の姉の家に届き、その品物をわざわざ東京の日本通運の海外発送部の社員が,船積みするために、どっこいしょと川越まで来て、東京湾のどこからかは、知りませんが、コンテナに収納されて船便で、香港経由、バルセロナの港着といった,順序を踏んで、当クリニックに届くのでした。

昔と違い、カレンダーも価値を失い、人気も今一になりつつありますが、これが俺流の感謝の表し方と頑固に意地を通す、似非江戸っ子なのでした。総費用を計算するとそりゃー採算度外視ですが、これでいいのだと自らを納得させて、嫁さんの呆れ顔を無視して、今回の日本の庭のカレンダーは、最高だなーと一人ぶつぶつ納得顔なのでした。今回は、遅れに遅れて、担当の日本通運の社員に結構当たりましたが、荷物が世界的に遅れていることは、ニュースで承知ではありましたが、言い訳がましい一言が、妙に自分をむかむかさせましたので、ぷつんと切れる寸前でしたが、向こうも私の性格を知っているので、はいはいと言いながら,舌をペロンと出して、せせら笑いだったと思います。

日本のカレンダーは、本当に品質も良く、景色もプロのお仕事ですので、カレンダーのフイルムを切り取って、額に収めたり,保管して家のインテリアにしたりと重宝がられているようです。ある患者さんは、定期的に刑務所に慰問に行くボラティアをやっていて、その使い古したカレンダーの景色のフイルムだけをきれいに処理して持っていくんだそうです。刑務所の独房なんかにいる囚人は、このカレンダーの景色を見て心を和ませるんだそうです。こんなところでカレンダーが、使われているんだと結構自己満足したのでした。

ただこちらのカレンダーは、日曜日に終わり月曜から始まりますので、その辺の習慣が、不平を招くようです。あまり意識しませんが、日本のカレンダーは、土曜日に終わり、日曜日がスタートです。それに比べるとスペインのカレンダーは、日曜日に終わり、月曜日からスタートします。私的な解釈になりますが、スペイン人は、一週間の終わりは、日曜ということで、最後の日曜までどんどん遊びましょう。しかし日本のカレンダーは、日曜から始まりますので、一週間の始まりは、十分休んで、月曜からの充実した日々のために第一日目の日曜日は、十分休息をとり月曜日に備えましょうと解釈します。このように、真顔で私は説明してスペイン人を納得させております。

そうです。毎年12月の終わりにカレンダーが大使館から届きます。全部の邦人ではないにしろ、少なくても私の手元に届きます。このカレンダー30年近く毎年受け取りますが、このカレンダーは、池坊の先生方が、月々を担当してお花を活けて撮影したものです。毎年池坊です。なんで毎年池坊なのかは、知りません。この辺が妙に胡散臭いですね。他に日本の芸術は色々あるだろうに、一歩引いて、他の流派じゃなぜいけないのですか。この辺もなれ合いの出来事のようです。仮に外務省が、決めてる頃でもカレンダーの数を考えれば、結構でかいお金が動きますよね。変化がなければ、すたれる法則は、ここでは、通用しないようです。

紙といえば、このカレンダーを持参して付き合いのある出版社にあいさつがてら先日行きました。さぞ他の職種同様にコロナで出版界も悲惨な状況だろうと察してなんとなく景気を聞きましたところ、このパンデミックのお陰で、出版業界は、人様が、家に閉じこもりがちなので、本の需要が増えて景気は、いいとのことでした。それというのは、日本で、指圧記事の連載を月一回頼まれている出版社が、コロナの影響で、大打撃を受けてメールマガジンを廃刊するとの連絡を受けたのがつい先日でした。出版業界は瀕死の状態と解釈していたのですがそうでもないらしいとのこと、日本とスペインのっ出版業界は、真逆でどちらが本当なんだろうとふと思った大みそかなのでした。E-ブックも今一だし、読書は、やはり紙をめくるのが、いいと思うのは、私みたいなじい様だけなんだろうか。コンピューター、スマートフォンが常識の今、真逆の職業が、華を咲かせるのも維新動乱時のあだ花の如しなのでしょうか。

パンデミック、、、、、、、この長期戦、3年目の厳しさを実感しながら2022年を迎えます。どうにかなるさで押し通す根性は今も健在。ジャンジャン2021。

2021年12月25日
by 小野田
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外に住むということ パート1、

今日は、クリスマスということで、ヨーロッパのカトリックの国々は、お休みです。ここ数年、25日の休日にお店を開く店舗も増えてきて、商業一辺倒のスペインになりつつあります。

特に中国人経営の雑貨店は、私たちのお休みは、2月ということで、年中店を開いて荒稼ぎをしているのが実情です。私が住んでいる場所は、結構よい場所なんです。日本でいうと、渋谷と原宿の間みたいな上でもなく,下でもない。週末には、飲食店が満杯といった感じのとこなんです。

こんな場所ほど華僑は、興味があるみたいで、一番初めに雑貨店、そして洋服屋、そして飲食業と少しづつ中国人の存在が目立つようになり、それが、普通の雰囲気になるころは、昔からいたスペイン人が、この場所の家屋の暴落を恐れて、他に行ってしまい、そこら辺の住宅の値段が下がり、価値がなくなるパターンが進行するであろ場所なのでした。中国人グループが目立つと白人層は、退去、これは普通パターンです。

本当に中国人の私の私的印象は、協調性がなく、中国人独自のグループを形成して、彼らがどこに住んで、どこで生活して、どこで、教育を受けているか、そしてどこに墓場があるのかさえ分からない、本当にミステリーな集団であるということは、誰もが思う素朴な感想なのでした。

大陸系、香港系、台湾系と別れているんでしょうが、私たちには、皆目見当がつきません。お互い、いがみあって、いるんでしょうが、それさえも然りです。

それでも休みの日に、ちょっと何かが足りないとなると、中国のお店は、年中無休ですので、重宝しているのは、日本人もスペイン人も同じです。

ありがたいけど、俺は、休日は休むんだと主張するスペイン人は、徐々に華僑は、お金持ちになり、どんどんお店を拡張して、スペイン人を雇う、華僑が増えますので、アフリカの国々の例を取り上げれば、近い将来、スペイン人は働き手、華僑は、経営者の立場になる可能性が、徐々に増えるであろうことは、明白なのでした。東南アジア、アフリカなどは、この歴史が現に存在しているわけです。

私も、この30年、働きづめでした。圧して押して、押しまくって、指腹の感覚をより鋭く、そしてどんなに小さい硬結をも、見逃さない指腹にすべく,精進してきました。

しかし私生活においては、嫁さんと子供2人、家族全てが、純潔な日本人の血液所持者とは、言いながらスペイン人の人達のコミュニティーの輪に入り、協調の一言を貴び生きてきました。そしてスペインに住まわしてもらっているという、謙虚な心をもち、指圧を普及させるというミッションを通じてスペインとの関係を重視して生きてきました。ただ、日本で、食う金に困ってしまい其の挙句に外国に移民したわけではないので、出稼ぎ感覚でのガッツポーズは必要ないので、この辺が中国人と違うのかもしれません。ただEuropeの中国人団体も2世、3世時代に入りましたので、昔とは、雲泥の差であることも確かです。ここ2,3年、大陸系の中国人が、パンデミックの超影響でまったく来なくなり、永住中国人の動向は、勘弁だけれども、旅行者中国人は、お金を沢山消費するので歓迎といった矛盾は、残るのですが、この辺の柔軟性のある考え方が、必要なようです。しかし太極拳や、東洋医学の3000年の歴史等の功績は、誠に持って素晴らしい真実です。

ひと昔前の日本人のヨーロッパの居候及び移住者は、団塊の世代あたりの世界を見てみよう派、学生運動の挫折感を背負った大学中退の若者、似非ヒッピーのお兄さん、この辺が主だったと思います。(商社員とか大使館関係は、私は、無縁ですのでわかりません。)

ひよこの鑑定士、柔道、空手の指導員、この辺の人も私の世代の前にいたようです。なんとなく見てみよう派は、生き残りをかけて、旅行関係のガイドさんになったり、日本食屋のオーナーになったりして土着した人た今では、お孫さんもいる,年金受給者者が、私の狭い付き合いの中に何人かいます。また看護付き施設に入ったりして余生を送る日本人も、ちらほらのようです。

青年は荒野を目指す時代もとうに終わり、ジャーということで、日本に戻る選択もあるのですが、人生の半分以上もスペインに暮らしているのと、医療関係においてスペインのほうが、日本に比べて経済面やケアーにおいてはるかに優れているという現実を見ると、やはりスペインを永住地とする選択や、日本半分、スペイン半分の生活を満足とする、日本人もおられるようです。この辺の選択が、余生のんびりを希望する人の、慎重なる選択が必要のようです。

ただ長年外国で暮らした人は、会社で派遣された駐在員は別として、大方が日本の生活の窮屈さを嫌って出て行った人なので、日本の美味い飯は、食いたい、けれども住み心地はと聞かれるとどうもと、口ごもる人が多いのも現実であることは、確かなようです。

2021年12月5日
by 小野田
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SHIWASU パート2

鬼平犯科帳の大将が、お亡くなりになりました。人間国宝の中村吉右衛門の当たり役でした。この小説は、作家池波正太郎の大ヒット作です。結構日本で、確か高校性ぐらいと思うのですが、テレビにかじりつきで見た覚えがあります。

仕掛け人梅安と並んで、いい作品だったと今でも感じています。この歌舞伎役者は、決して美男子じゃないんだけれど、何か愛着のある顔をして、うちの嫁さんんも一押しの役者さんでした。芯から易しそうで、また脇役の面々も渋い役者がそろっていて、確かに見ごたえがあった感じが今でもします

77歳が若いか、歳よりかは、知りませんが、生きぬいたんだろうと思います。毎回、食べ物のうんちくがサラッと流れて、いいねーと思わずうなずく場面が、あったのが印象的です。音楽もジプシーキングのインスピレーションが、妙に強烈で、スペイン在住の自分としては、フラメンコギィターもいいなあーとつくづく思うのでした。

この年になると、結構周りの知り合いが、ばたばたと逝っていて、俺もそんな年になったのかとつくづく思うときがあります。自分より年を取った人との付き合いが多いもんで、順番とは言いながら、一人で生を受け、一人で旅立つ、このパターンが、実感として感じる年ごろと妙に寂しいクリスマス時期と重なって、鬱気味ににならざるを得ない状況がそろったビンゴ状態なのでした。

結構うちの患者さん、この時期が嫌いな人が多いみたいです。この妙にわざとらしい年末のクリスマスのはしゃぎようは、いくらキリスト教の国とは言え、商業主義に走ったゆえのわざとらし感が、大人のおじさんおばさんには、妙にいらだつんだと思います。その上、今度は、オミクロンときたもんで、気の張ったこの時期に、気の折れそうな自分が、妙によわよわしく感じるのでした。

第6波が来たら、いくら気丈夫な人でも、折れちゃうんじゃないかと思っていた最中にオミクロンという文字が、世界中のニュースで流れて、今度こそは、折れちゃうぞーと警告を流されて、妙に心臓の鼓動が、高ぶっている自分がいるのでした。

スペインは、早々から60歳以上の国民を対象にして第3回目のワクチン接種を12月3日からスタートさせました。この辺は、日本人会や大使館からの情報で、素早くキャッチして、早速予約を入れました。この辺は、情報不足の邦人は、特にお年を召された邦人は、急にこのアプリで、予約を取れと言われてもバタバタしちゃう人がいるんじゃないかと思います。

この前、イタリアに行くために情報をえたいと思い、日本領事館にメールを入れて情報提供を乞うと、すぐに返事が来て、各機関の情報を参考に行動してくださいと返事が来ました。そんなことを聞いているんじゃないと呆れたのですが、はっきり言ってこの程度が、常識で、何しろ責任を取りたくない連中の集まりですから、余計な親切心を出して、あとで、問題が出てきて、余計なことをしてとがめられるのであれば、何もしない方がいいとの結論は、生きる知恵なんだと思われます。

これが、国会議員の息子さんや、お偉いさんの知り合いが、情報提供をお願いしたらコロッと態度が変わるんだけれども、これもお役所仕事と割り切れば、いいことで、誰だって、保身があるので、許してやるしかないでしょ。他の国の領事館、ビザの申請で、ひところ使ったけど、結構親切だったのを覚えています。

日本人の人を見比べて態度に現わすという行為、外人といえば,白人。白人には、妙に弱く、お隣の国々の同胞には、不親切、この発想は、どこから来るのでしょうか。日本人は、誇れる人種なんですが、この辺は、どうも今一のようです。こんな感じで、今年も終わるんだと思います。

38年間買い続けている年末の宝くじ、この辺で一発、花火の如しバンといってもいいんじゃないかいと思うんだけれども、いまだに兆候なし。

2021年11月22日
by 小野田
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師走の前の近況報告

マスクをしているとはいえ、なんとなく患者さんが、怖さを忘れて当治療院に電話をかけて、指圧の予約を取って、今年も、もうクリスマスシーズンと胸をなでおろして、みんながハッピーという気でいたのが、またオランダ、ドイツ、フランス、ベルギィーといったEU諸国はもとより、イギリスは例外として、増えるべき政策で、感染者が増加といった構造で、またまたヨーロッパは、規制緩和路線から、一転して暗闇の中に落ち込んでいくのでした。

カナリアでは,噴火が止まらず、徐々に家々が溶岩で焦土化しているし、まったくもって自然災害の怖さを実感する一方で、人災か天災かは、知らないけど、コロナビールスが、再び、猛威を垣間見だしたのは、やってられないよと、確かにいわざるをえない状況なのでした。

結構楽観論をもって生きてきた小生でさえ、若干の鬱傾向は、確かにあるのでした。結構広いマンションを治療院として12ベッドをフル回転したあの2000年代の初期のバブル期は、例外として、38年の歴史を背尾っての治療院も、縮小の正論が、まかり通り、コンパクトな、治療院にして、何とか持ちこたえるべき、立て直しの一言を胸に秘め、やっと患者さんが、戻り始めたこの時期に、予想通りの展開になりつつあります。

お土産屋さんも、いい感じ、飲食店もテラサを広げてこれまたいい感じになりつつあるこの最中に、またまたワクチン接種率、70パーセントの安心感もつかの間、第3回目のワクチンが、65歳以上の人達に、始まったこの現実は、確かに気分が下降する要因になるのでした。

スペイン人は、結構マスクをして、街を闊歩していますが、やはりその習慣はなく、どちらかというと、マスクを外して、ハグをしたい人種なのでした。知り合いの医者や看護婦に情報を提供してもらうと、何しろワクチンを接種しても、再び感染は、大いにあり得るので、何しろかからずに、春まで、我慢の意見が大半なのでした。何しろ、病院の世話にならないが、一番とのことでした。例え軽い症状で終わっても、後遺症は、あるとのことでした。特にご婦人の脱毛症が、結構深刻ということでした。胃腸障害、酸欠症状の歩行困難、多方面に色々出てくるようです。

結構指圧が、どこから聞いてくるのか、そんな患者が、よく電話してきますが、普段指圧を受けている患者さんの要望にはお答えでき、それなりの結果を出していますが、初めての患者さんで、1回2回で、治ると思われて指圧を受けに来ても、こればっかしは、ご勘弁と説明するのには、忍耐がいります。何しろクリスマス期間をどう乗り切るかが勝負の分かれ目におなりそうです。

そんな負の気持ちの一方で、旅の計画を立てている人も沢山いるようです。 こんな時に、旅に出ようといったって、晴れ晴れとした気分で,逝くのなら,この漢字じゃないんだけれど、3回やってもこの漢字が出るので、マーいいか―と思うのですが、やっぱり,行くのならと変えておきましょう。

旅に行っても、コロナと一緒に旅をしましょう。この気分は、どうしても、落ち着かないの一言なのでした。それでも、どういう訳か、今旅というとエジプトが、流行っているらしく、何がいいのか結構ツアーで行く人がいるらしく、1000ユーロ(約13万円)で、飛行機代とホテル代が含み、楽しめるとのことで、うちの娘も恋人と8泊9日の日程で、行くとのことです。

ヨーロッパ人は、インドネ̪シヤや、タイのバンコックやチェンマイあたりに行くツアーが、多いんだけれど、なんと今年は、エジプトなんだそうです。

私は、12月をどうしのぐかの一点絞りですが、余裕のある人は、旅もいいかもしれませんね。

2021年11月4日
by 小野田
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ローマに行って、考えたこと。

最後に飛行機を利用したのが、昨年の2月の終わりで、確かイタリアのロックダウンの一週間前だったと思います。イタリア指圧の伝説の指圧師である、ポリドリ先生の突然の死。この時期が誠に持って、コロナの感染者数の不気味な上昇の真っ最中でありました。

教会でのお別れ会がローマで開催されるとのことで、出席か、コロナのために欠席かの選択に迫られたあの時のことは、確かに鮮明に覚えています。家族や指圧のメンバーは、やばいよヤバいよの連発で、大方は、イタリア行き、取りやめを言い張っていたのを、無視してイタリア、ローマに行きました。

あの時の決断は、今でも正しいと信じている自分がいるのですが、実は冷や汗ものだったのが本音でした。コロナで、欠席では男が廃ると私と、息子の二人で行ったのでした。ポルトガルから、ロジェリー先生も駆けつけていて、イタリアのメンバーは、大変喜んでいたのを肌で感じる旅行でした。

あれから一年半の月日が経過して、久しぶりに、飛行機に乗ってローマに指圧講習のために行きました。朝一番のイベリアの便でしたが、八割方は、席が埋まっていて、コロナも遠い彼方に行ってしまったのかと疑いたくなる、飛行場の混雑ぶりでした。

行くこと自体は、券を購入して飛行機に乗ればいいのですが、手続きや書類をそろえることが、難儀で旅行を控えることが、多いのではないかと確かに思う時期でもありました。まず用意したのは、ワクチン接種後にもらった用紙。そして、旅行者の滞在地での位置を知らせるアプリをセットしたスマートフォン、この辺は、有無を言わせずの義務でした。自分としては、一緒に同行した助手の100パーセントの手助けで、のんきなもんでしたが、助手は、初めてのことで、難儀していたかもしれません。

マドリッドの飛行場内では、一切書類の提示はなし。ローマに到着すると最後の最後まで、何もなし。荷物の引き取りの一歩手前で、列があり、10分ほど待って、係員が、パスポートの提示を促したので、提出。其のあとにマスクを取れということで、マスクを取ると係員が、パスポートの写真を見て、私の顔を見ること、ほんの2秒、良しokとのこと、コロナのワクチン証明を見るわけでもなし、ただただパスポートの写真と実際の顔を見比べるだけのチェックでokとなりました。なんだなんだのひと段落でした。飛行場からセミナーの会場(ローマの中央)まで、タクシーで約50ユーロ(約6500円)マ-この辺は、タクシーの運転手もマスク、私たちもマスク着用ということで、この辺は、マドリッドと同じでした。街中を闊歩するイタリアの大半は、マスクなしで、堂々の行進でした。

セミナーは、私たちと参加者は、マスク着用ということで、一件落着。セミナーが、終わり、食事に招待されたのが、ピザ屋さんで、ローマでは、有名ということで長蛇の列、やばい感じはありましたが、あきらめの心境で、参加、地下一階の大テーブルが私たちのテリトリーでした。ぎゅうぎゅう詰めの一言、ソーシャルデスタンスなど屁の河童。もちろんマスクなしの状態です。やばいよの一言を奥に噛みしめ、覚悟をきめました。グリーンパス(ワクチン証明書)が、レストランに入る時、提示を義務化していますが、この辺は、実に柔軟性があり、コロナは、過去の出来事、という印象が充満しているローマなのでした。帰りのスペインバラハス空港は、ほとんどフリーパス。これでいいのだと赤塚不二夫が微笑かけていました。

イギリスにしろ、イタリアにしろ、コロナはもう過去のものという印象操作で、政府は、目隠し作戦に出ていますが、実際のところどうなんでしょうか。

帰国は、朝いちばんにもかかわらず、飛行機は、すし詰め状態で、マスク着用とはいえ、FFPのマスクを使用するわけでもなく、ただただファッションマスクが、当たり前、ワクチンが済んだからとはいえ、2回ワクチンしてコロナに罹患している人もちらほら見られるし、ワクチン崇拝理論も100パセントとは言えませんので、マスク着用は、今年いっぱいは、もちろんのこと、来年の春先までは、まだまだコロナ時代ということで、うがい、手洗い、マスク着用は、必要と思われます。

特にイギリス人のはしゃぎようは、もう異常としか言えません。結構、マスク着用を実践している国として、スパインは、トップクラスかもしれません。イギリス人は、紳士のイメージが、特に日本にはありますが、サッカーのベッカーの如し、入れ墨バンバンの国ですので、結構、排他的で白人主義満々で、実は、気候の如し,暗い国という感じを私は持っていますが、どうなんでしょうか。

結論から言うとEU圏内の旅行は、比較的簡単のようですが,EU外の旅行は、どうなんでしょうか、私みたいな、スマートフォンの使い方が初心者の人間は、結構ドキドキの旅行が待っているのかもしれません。

この1年半の間、世の中の価値判断は、100パーセント変わりました。人間の心の変化も見逃せません。ただ、大半の人は、この波にどう乗り切るかを試行錯誤していると思います。ただ無理して頑張らずに、置いてきぼりを食って生きるさまも、それはそれでいいんじゃないかと私は思っています。踏ん切りがついて商売を廃業したり、いらないごみをバリバリ捨てたり、結局は、価値観が変われば、生き様が変わるという真実を突き付けられて、この辺で、おわとがよろしいようでと、引っ込むのもしゃれてるのかもしれません。

2021年10月7日
by 小野田
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秋の夜にふと反省

スペインは、8月が終わると、がらーっとそして急激に寒さが増してきます。日本のように穏やかに、夏そして秋といった移行がないので、体には、少々きついかもしれません。日本の四季が体にしみこんでいる日本生まれの移住者の身体には、結構ダメージがあるようです。

夏は、サンダルで,肩を露出して、冷房ガンガン何のそのの、スペインの女性は、こんな気候を屁とも思っていないようです。体が根本的に違うのです。日本の四季のはっきりした気候は、日本人の顔のしわも、体の衰えも、ゆっくり進行していくという利点があるようです。えー70歳、エー80なんて日本人は、結構若く見えるものです。それに比べてヨーロッパ人は、老けが急激に来ます。顔が、はっきりした顔立ちですので、確かに20歳代は、きれいなんだけれど、30代後半から急激に体にガタが来るのか、水分が消失した顔は、ほうれい線を筆頭に首の皺、目じり痛々しくふけてゆきます。日本の、テレビ活躍しているハーフのお嬢さんなんか、赤ん坊を産んだら、もう、太るは、老けるで、悲惨でしょうに。

ここMadridのおじさんおばさんは、つえを突きだすのが、結構早い時期から始まります。仙骨の傾斜が、激しく腰椎に負担が来るのはもちろんのこと股関節に負担が来て人工の股関節を装着している人も沢山いるようです。あんだけ乳製品を取っているのに骨がボロボロという結果を見て、乳製品と骨の強さは何も関係がないようです。それを言ったら、酪農が、すたれますので、チーズをもりもり食う国々の農林省は、つらい立場のようです。うちらの年代は、森永牛乳の時代で育った人間だから、何とも言えないけれども、これだけ骨がクリスタルで例えられるヨーロッパにいる私としては、まさに乳製品の骨造りには、どうも賛成できません。

それでも、アメリカ産の小麦とか、牛肉よりは、いいんだろうけど、コカ・コーラをいまさら悪く言わないように世界の流れに逆らっても、もうどうしようもないようです。電磁波をあれだけたたいたマスコミも、今じゃ何も言わないように世間は、そんな風に出来上がっているのです。

日本のコロナだって元凶は、医師会の利権保護なのに、自民党は、献金と組織票を考えれば何も言えない、このおそ松君ですので、マ―しょうがない世の中なのでした。

ちょっと話がずれましたが、元に戻って、私の年の人がもう杖を突いておたおたしている現実がここにあります。アリとキリギリス、こんな感じなのでした。

食べ物の豊富さと健康情報の発信の頻度は、やはり日本が、世界一のようです。テレビで、これでもかと、健康に関した番組を流していますが、これは、これで、知識を増やすということで、誠にいいことなのでした。ヨーロッパではこの手の情報は、イマイチで、昔昔のおいしいトマトは、もう永遠に帰ってきません。それでも、スペインの田舎に行くとおいしい野菜や肉を食べることは可能です。しかしマドリッドでは、卵も、野菜も、果物も無農薬で買おうとするとやはり難儀します。ドイツあたりはいいらしいけど、どうなんでしょう。

前回記した劇症アレルギィ‐(アナフラキシー) 。パッチテストで、医者が、言うには、エビを食べたというけど、どうもそのエビの育て方に問題があったんじゃないかといっていました。おそらく養殖のエビでホルモン満載のエサで、そのエビ食べて体の中で、化学反応を起こしたんだろうとの見解でした。あのプリンとした触感は、確かに異常でした。新発売のカップラーメン日清ではなく、名無しの中国製だったことは、何を意味しているのだろう。

2021年9月24日
by 小野田
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初めての経験

笑って済ませるということは、不幸があったけれど、今はどうにか立ち直ったということで、そこで不幸にも死んでしまったら、笑い事では済まされないということなのです。先週の水曜日、何人かの朝の患者さんを済ませて、お昼でもと思っていたところ、スタッフのすずさんが、先生このラーメン結構いけますよと中国人経営の食材店で手に入れた、お湯を入れて3分待つのあの例のカップラーメンの中国版を私にプレゼントしてくれました。ヨーロッパでもカップラーメンは、徐々に市民権を得て、結構中国産、韓国産が、売られています。量が多いので、日清より安いので、結構な量が流通されています。マーギィーやそのほかのブイヨンで有名な食品会社も参戦して、なかなかの市場になっているみたいです。

そのお湯を入れるだけのカップラーメン、生めん感があってなかなかの味なのでした。其の具の中に。生エビっぽい衣に覆われた食材が3つほどありました。普段なら痛風値を気にしてエビ類は、一切食べないのですが、スケベ根性か、魔が差したのか、一つだけよと、食べてしまったのです。プリンとした触感が、今でも残っているのですが、妙にホルモンで育ったエビちゃんという感じだけは残っている食材でした。食べ終わって、普段通りに休憩して一時間ぐらいたった後に背中にむずむず感が出てきました。そして目の周りも、かゆくなりました。

やばいと感じた原始感覚が全身に走り去りました。スタッフに近くの薬局でEBASTINAというアンチヒスタミンを買わせて、その場をしのごうと思いましたが、自分の原始感覚が、やばいやばいの警告を放っています、自分の勘を信じろの定義に忠実に従ってタクシーで緊急病院に行きました。案の定受付で順番を待つ間に、足の力がまったく消失、思わず倒れて、気が付いたときには、集中治療室で沢山の管につながれていました。

ただアドレナリンを打て撃ての喉号と、血圧が80、下60の看護婦の声が今でも私の記憶に残っていました。病名は、食物性(海産物)アナフィラキシーショックでした。特徴としては、1,皮膚の症状。蕁麻疹、かゆみ、皮膚が赤くなる。2,粘膜の症状、唇、下、、口の中が張れる。瞼が張れる.3,消化器系、強い腹痛、嘔吐。4,呼吸器系 血圧の低下、意識を失い失神、失禁。等があげられます。

結構激しく急速に体をいじめるアレルギー反応が出て、例えば,ピーナツの一かけらでも、時には、呼吸不全で命を落とす、危ない症状を呈する劇症性アレルギィーとのことでした。

私は、心臓の手術をしていますので、その既往歴が、その病院に残っていたので、お医者さんん達は、より緊張して私を手当てしたとのことでした。予後としては、手や腕がめちゃくちゃに腫れてパンパンの状態で、手を閉じることもできない状態が何日も続きました。2日間集中治療室にいて体の症状が安定した3日目に普通の病棟に移り、4日目で退院しました。

身体の蕁麻疹は、徐々に消えましたが、お医者さんによると体の中の臓器全体が腫れているので、要注意とのことで、一週間たった今でも指圧の仕事のgoサインはまだ出ていません。

体に力が入らない、横になると楽で起きだすと胸のあたりが胸苦しい症状がまだあり、爺様が体力がなくなるとこういう状態になるのかと初めての体験に驚いているのでした。

心臓の薬、そしてアレルギーの薬、甲状腺の薬、何種類の薬に支えられて私な生きているのでしょう。健康を売る商売をしていて、自分の身体は薬漬け、何ともお恥ずかしい、これが老いるという現実なのだと正直、感じています。

ただ少なくても、週一回の念入りな指圧治療が、私の身体を支えてくれているという実感は、あります。指圧という予防医学は、確かに効くということは、私の身体で、証明済みです。

体が、私たちに何らかの警告を常に放っています。その警告を素直に感じ取る体をいつも持っていなければなりません。運命が、寿命と比例をするのですが、手入れを忘れずに、体の警告を聞く身体をいつも持っているということが、重要のようです。手入れは、目に見えない投資です。また生かされてしまいました。意識がなくふわふわしている状態であの世に逝けば、それはそれで安楽かもしれません。心臓を手術した後、麻酔が切れて目が覚めて時、結構気持ちよかったあの感覚で、あの世に逝けば、それもいいなーと思ったあの時を思い出しました。ただ寿命が来ないと、どんなに身体が、ボロボロになってもあの世に逝かせてくれないのが、現実です。この年になると死生観を、こころに問うことが多くなります。

人生50といわれて久しいのですから、ここまでいかされてきた喜び、今日の日々が、付録といわれれば、その通りといわざるをえない現実を肯定して第400回目の投稿に乾杯。

結論

結構  危なかったとのことでした。診断  アナフィラキシー重症(食物性)。

2021年9月14日
by 小野田
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9月のファイトはカラ元気の巻

今回で、399回目の投稿らしい.愚痴のストレス解消のために始めたこのブログもあと2回で400回の投稿になります。結構自分自身のストレス解消になったことは確かです。99歳で、まだまだ現役のお袋が、口を酸っぱく言っていたことが、人生の第4コーナーを迎えて、さてどうだったんだろうと治療所の事務所で今思いめぐらしています。

お袋が良く、子供で失敗すると取り返しがつかなくなるよ、子供のために時間を作りなさい。こんなことをよく言っていました。日本に帰っても、病院兼療養所にいるお袋には、会えないとのことで、あえてこの時期にと思い、かれこれ、3年帰国していない私ですが、今ふと考えさせられる言葉であり、また世の子育てを終えた、親父お袋のふと一瞬頭によぎる確かに含蓄のある言葉だと思います。

今は、お亡くなりになりましたが、ラスパルマスのテネリフェのゴンザロ先生が、よく言っていたことは、18歳まで育てて、最低限の教育を受けさせて、その上、財産まで残して、ガキに媚びるぐらいなら、何で生きてきたのか、わからない。俺は、子供たちに一銭も残さず、運命が尽きたらこの世からおさらばしてやると豪語していました。案の定、離婚して、愛人と彼のつまやかな生活が結構続きました。2年前彼が、がんで侵されてあの世に旅立つまで、本当に一銭も残さず生き抜いたようです。其のあと、その愛人が、ゴンザロ亡き世に未練はないと、真夜中の海に飛びこんで、自殺しました。なんか小説の中の出来事のようですが、強烈に印象の残るフィクションです。まことにインパクトのある教訓を私に残してくれました。

彼の4人の息子たちには、今でもテネリフェに行くたびに合うのですが、会うたびに、親父らしい生き方とうなずく姿は、これもあっぱれと私は、思うのでした。また彼の昔の嫁さんは、いい旦那を見つけてこれまたハッピィーなので、その辺も一件落着なのでした。

スペインは、自由がありすぎて、困った家族もいっぱい、いるのですが、結構、家族愛が強く、認知症のご両親を面倒見たり、ダウン症候群のお子さんをどこにでも連れ歩いてエンジョイしたりして、ほほえましい光景に遭遇することが、ままあります。他人の目を気にせずに生きる当たり前の習慣が、ヨーロッパにはあるのでした。

お年寄りを大事にという本性は、確かに脈々と継承されているようです。その点、イギリスは、結構ドライで、爺さんばあさんの面倒など見ないよー、独立したら、はいそれまでよーの傾向があると言われています。また北に位置するヨーロッパのいくつかの国は、姥捨て山的な発想が、結構あるような気がします。スペイン、ポルトガルは、家族団結傾向の国々かもしれません。

日本でも、親父の年金目当てに仕事もせずに閉じこもりの生活をしている中年のオッサンがいるとのことですが、結構そこの親父さんもはたから見ていると、ロバに乗るか、ロバを背負うかの問題提起がありますが、結構それを宿命と思い、淡々とバカ息子と暮らす親父は、結構それも人生と淡々と生き抜いている姿は、立派の一言です。

動物は、本能的に親離れの時期が来ると、テリトリーから追い出すセオリーや、2頭の子供の弱い方が、飯の奪い合いに負けて死んでいく宿命もまた然りです。人間とはなんと不合理な生き方をする生き物かと思うのですが、弱いものを助けて生きるという人間にしかできない行為を私は、素晴らしい人間だけの好意と思っています。生きる権利を全うする人間だけの発想を大事にしなければならないと思っています。

コンピューターではじき出される、感情の無い答えを重要視するより、人間という生き物だけができる判断を培うことが、今一番必要とされていると思うのです。この辺は、今の餓鬼たちにiPhoneを与えて、楽をしている若夫婦どもにも活をあげなければなりません。コンピューターの成功確率だけを信じる若者よ、世の中、結構原始的で、なおかつ非科学的な、人間同士だけにしか通じないことを突き詰めてゆくと、面白いと思うのですがどうでしょうか。コンピューターに判断をゆだねる、現代人に未来は、あるのだろうか。

スマフォに遊ばれている人たちがあふれ帰っています。そんなに知識を入れたって、また人とのコムニケーションをいつも取ってるふりをしても、人間は、所詮孤独です。

一人で生まれて、一人で死んでゆく当たり前のことを今から考え、謙虚に生きぬかなければなりません。この孤独をどう、支配下に置くか、この辺が、現代人の課題かもしれません。

息子たちは、仕事に明け暮れていた親父を見て、どう思っていたんだろう。もっと時間を共有しなければならなかったのかもしれません。最低限の教育を受けさせたという自負はありますがどうなんでしょう。

時間という化け物は、すごい高速運行で、その上後戻りができません。マドリッドは、急速に寒さの到来、ちょっとじめじめの感傷から9月がスタートしたようです。忌野清志郎の上を向いて歩こうでも車で聞いて、カラ元気を出すしかないしょ。

2021年9月3日
by 小野田
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新学期GOGOの巻

二階さん切ろうとしたら、後ろからバッサリ切られてしまった菅首相。今までやめろ辞めろと言い続けていた野党が、総裁選出馬をしないと言い出したら今度はなんと無責任と言い出しました。この世界は、筋とか理論は通じないらしい。やくざの大親分が、本物のやくざは、筋だけは通します。そしておなごは、殺さないと言っていましたが、この日本の政治の世界は、からっとしたところがありません。なにか陰鬱で、ドロドロがにじみ出ています。やっぱり頭ばっかしの人が大勢いますので、いざというときの責任の取り方にすがすがしさがないみたいです。お代官様、おぬしも悪よのーの世界が、まんざら嘘でもないみたいです。保身で、うそをシャーシャーとと言い放つ、官僚なんかは、なにか勘違いした人が多いみたいです。

そもそも、テレビを見ると何何大学卒業なんて肩書が出たり、何何大学中退なんてテロップが流れますが、これは日本だけです。まして中退なんて、どこの国のテレビがテロップを流しますか。それと、年齢の表示これもの日本特有のものです。これは、外人が見るとはてな?らしいです。

韓国人は、最初に年齢を聞く人が多いと聞きましたが、どうなんでしょう。

菅首相、たたき上げの貧乏人出のの出世頭です。議員さん2世、3世のぼんくらよりは、苦労したんだろうけど、ここまでが精いっぱいだったんだろうな。巨人の星のさもん豊作だったんだろうなー。それにしても1年の命、欲が出ちゃったみたいです。俺だって、できるの予想が甘かったみたいです。

安倍さんが逃げて、棚から牡丹餅だったんだから、身の丈を知って、1年で最大のインパクトを放てば、隅田川の花火大会よろしく、一生ものだったのに残念。国民の命と安全を優先と、何回もうんざりするほど言ってたのだから、それだけやっとけばよかったのです。オリンピックとパラリンピックを中止、コロナ対策一本で、やり遂げれば、任期満了で、よくやった菅の一本独こ土俵入りで、あとはほかの人にお任せで阿部さん同様に逃げればよかったのです。

このブログで、あの人の顔には、運気がないと何べんも言い続けてきました。運気は生まれつきのもので、もっつて生まれた、神様からの贈り物なのです。一瞬に花咲く運気もあるし、死ぬまで続く運気もあります。しかし菅首相には、人を引き付ける気がまったくないのです。

トップは、この気がないとなれませんし続きません。不思議と2世、3世のぼんくらに、たまにある場合があります。ほんのたまにですけどね。

ほんの一瞬、菅首相の奥様が外遊でお供する飛行機搭乗の場面がありましたが、あの奥様の顔は、いい顔をしていました。自分の旦那を、何とか引き立てようと必死の顔が、いい感じでした。

その反対に、安倍首相の奥様の顔は、無邪気なんだけど、首相の旦那を補佐する顔じゃなく、いいとこのボンボン娘で、この世界の嫁さんとしては、最悪なんだと思います。でもその辺を悪ぶれずに生きる人で、結構周りには、人気があったりして。

皇室の何かよくわからないお嬢様は、純情なのか、お馬鹿さんなのか、性格が悪いのか、皆目わかりません。

人を毎日観察している職業ですので、観察力は、プロ級なんですが、好き嫌いがはっきりしているので、簡単な、観察における間違い、結構多いのも事実です。体の奥からの警告信号は、顔の表情、姿勢に現れます。特にお腹は、反射の宝庫です。

9月も暇が続くのだろうか、ついついブログ更新が多い月は、もちろん患者さんは、減少傾向です。

2021年8月25日
by 小野田
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末期(まっきー)

尾身さんが、国会の答弁で、なぜバッハさんがまた来日したのですか、銀座も散策したしもう十分でしょ。パラリンピックの挨拶ならオンラインで十分でしょとの、こんなかなりインパクトの強い答弁返しをしました。また小学生の教育の一環としてのパラリンピックの観覧を今じゃなくても教育はできるでしょうとのお上に対する批判ともとれる答弁をしました。其の答弁を、良く言ったとの拍手組、政府側の分科会の大将なんだから言いすぎでしょうとの2つの意見があるようです。もうバッハさんが動くたびに批判の矛先が、IOC側に自動的に行く仕組みが整っているようです。

IOC 側にしてみれば、日程に沿った当然のことをしているわけで、なんで批判されているのか大方のIOCの外人幹部は、わからないと思いますよ。空気を読めと言っても外人は、素直に言葉での受け答え、または文書の言ってることで、解釈しますので、その文に、その言葉の裏にある真の意味を解釈しろなんてわかるわけがありません。日本人の苦笑いの意味を解釈できる外人なんていません。

言葉の裏の意味なんて日本人以外は解釈できません。イエス、ノーがはっきり言われなければ、意思が通じない訳です。お察しして、この際引きましょうは、まったく外人には理解できません。バッハさんだろうが、誰だろうが、ダメです。いいです。なぜですかと聞かれれば、真実を語ればいいのです。

IOCの幹部さん、結構いい暮らししている人が多いので、汚職等は二の次に考えて、教育の面では、厳しく受けている奴が多いでしょうから、結構、説明すれば理解すると思いますよ。

何回も言うようにお金に関しては、えげつないかもしれませんが。駄目ですの説明をすれば、この点が、日本の弱さだと思いますよ。何しろ政府のお偉方、日本人の目下には、強いけど、いざ外国の要人と対話すると何しろ英語が出来ません。どうしても作り笑いで、終わってしまいます。通訳の達人が、高い金もらってしのいでいるんだろうけど、所詮通訳であって、パッションまでは、通じません。要は、向こうも、日本人を宇宙人とみているし、日本人も、白人は偉いの感覚が抜けきらないので、このコンプレックスが、菅さんくらいの年代には、あるんだと思われます。

スペインも一様ヨーロッパの一国ですので、私自身の感想を言えば、スペイン人の乞食でも,床屋に行ってきれいにして、バチっと背広を着れば、いっぱしの外人になりますから、この手の輩が、六本木あたりで、外人風ふかして、とっぽい日本のおねいちゃんに挨拶であるキッスを頬にしたら、たちまちメロメロの状態になるお馬鹿さんが一杯いるでしょうに。日本で仲良くなって、ただただ、自国に帰えれば、誰も相手にされないであろう(漫画お宅が、金を貯めて、イベリアの直通便で、金も持たずに来ちゃった輩)お兄ちゃんが、またまたお馬鹿さんの日本のおねえちゃんと知り合って、お互い有頂天になって、新天地スペインに希望をもって戻ると実は、仕事のないプー太郎、旦那が仕事がないので、日本レストランや、お土産屋、日本人送迎のバイトなどで、しのいでいる人たちが、いるのは、このブログで何回となく書きました。

何が言いたいのかといわれれば、この優柔不断が、日本人のお家芸であり、いいとこでも、悪いとこでもあるわけです。おもてなしの日本、素晴らしいの一言です。しかしこのおもてなしに貸された義務を知らず知らずに理解しているのが、日本人です。そのおもてなしの返しを理解しているからあうんで通じるわけでありますが、白人には通じません。このおもてなしをうまく利用して搾取してきたのが、アメリカであり、ヨーロッパ諸国なのです。だから、言うことはイエス、ノーをはっきり言わなければなりません。この辺は、東京大学を出ている、おえらさん方にもわからないことなのです。この辺のずれが、国際感覚を持たない、国内の利権で生きる医師会、政府、そして官僚、この辺が、ずれているわけです。政府の要人が。爺、婆の集まりじゃ、世界には通じません。

なぜ、この時期に大運動会を行い、国内は、コロナでパニックになっている現実。それでも日本政府は、突き進む姿。外国から見ると、なんでなんで、日本の異常としか見えないのは、私だけではないはずです。マスコミは、説明が足りないと言っています。日本人に対して説明が足りない現実。外人が理解不可能なのは、当たり前のことなのです。

日本の神話がへたへたに崩壊しました。悲しいかなこの現実を世界に露骨にあらわにしている今日この頃の日本。中国は、さぞ喜んでいるだろう。ソ連は、しめしめと笑っているはずです。

スマフォの世界にぞっこん入り込み、ボケーっと俺知らないの世界に浮遊している日本の若いのー。爺が、勝手にやっていることを、阻止しなかったら、やばいぞー。ただー、もう遅いかもねー。