指圧列伝 鈴木林三 パート2

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毎週水曜日が、江戸川橋指圧センターのお休みの日ということで、8月9日(水)にセンターで指圧の実技撮り許可をメールにてOKを貰いました。楽しみにしているということで、当日、スタッフとわいわいがやがや朝10時、センターを訪問しました。

地下鉄の江戸川橋から歩いて10分、センターにて録画撮りがスタートしました。第一印象としては,痩せたなーの一言でした。2年続けて同窓会の講習会に招待されてレクチャーをしましたので、一年ぶりの林三先生のお姿、拝見です。普段見慣れている人は、意外と見過ごしがちなことも、一年ぶりの拝見ということで,じゅんじょうな痩せ方ではないということは、人を診る商売でない人でも理解できる変貌ぶりでした。
 完全に気が虚の状態で、スタッフ一同、プロの指圧師ですので、その辺の所は、感じていたようです。ただ林三先生は、私たちの録画の端端の要求に全て答えてくれました。今考えると2時間ぐらい録画が終わった時点での休憩時に、なかなか出てこなかったので、呼びにスタッフが行き、やーやーと出てきた姿が、妙に疲れ切った林三先生だったことを今でも鮮明に覚えています。
 録画撮りが前頚部と腹部の時には、カメラマンに、撮りの角度を要求したり、もう一回のサインを出したりして林三節健在の時がよみがえったと私を含めてスタッフ全員が活気づいたのを思い出します。
 昼飯が終わり戻った時、やはり出番が愚図愚図と遅れたのは、実は体調がよくなかったのかもしれません。しかしそれ以後の撮影でも一言も私的なことは、おっしゃらずに黙々と実技の実演を消化して行きました。今考えると最後の舞台を演じる名役者よろしく覚悟の実技だったのかもしれません。
 メールにてベテランの先生の実技のDVDが以外に保管されていないこと。今動かないと古いベテランの指圧師が、何年もしないうちにみんな現役を退いちゃうこと、このことを先生に訴えると、二つ返事でOKをくださったこと、私たち後輩の言うことを心よく承諾していただいたことを本当に感謝しております。
 最後に先生の指圧との関わりをおしゃべりしていただきましたが、結構長い時間おしゃべりしていただき、一切つかえがなく完璧にしゃべっていただいたことを今思えばまさに最後のお言葉だったんだと思います。
 私の数少ない日本での講習でお会いするたびに、先生(小野田)は理論。私は実技、それも前頚部と腹部。この言葉を何回もお聞きしました。実際お会いする旅に、実技指導を手取り足取り、何回となくご教示をいただきました。その日の録画撮りが終わった後も、腹部の指導を受けさせていただきました。妙に私には、親切にしていただいた思いでしかありません。まさに指圧界のレジェンダの一人でした。
次の週の月曜日、学校に用事があり雄二先生と昼飯後、林三先生の悲報をお聞きしました。最後の最後まで指圧界に多大なる貢献、影響を与えた指圧バカ一代であり続けた林三先生でした。黙々とただただ指圧道を歩み続けた鈴木林三先生、ご冥福をお祈りいたします。最後のお教えの手のぬくもりは、決して忘れません。合唱。2017年 夏。

2 Comments

  1. 小野田先生のFacebook feedで鈴木林三先生の悲報を知りました。

    この小野田先生のブログで鈴木林三先生を知り、
    昨年短期間日本に戻ることがありその際に施術を受けさせていただきました。
    前頚部の施術中、ここが非常に大事なんですよとおしゃっていました。
    本音を言えば、通いつめてその技を少しでも盗みたかった。
    とても気さくで職人気質な林三先生でした。ご冥福をお祈りします。

    施術を受けること、そして施術を見ることはそれぞれに利点があります。
    受けて見なければ、その圧を感じられませんし、見て見なければ、その体位や重心の乗せ方等はわかりません。

    小野田先生がされていらっしゃる記録することはとても意味があると思います。

    昔から在るものだからといってそのままにするのではなく、その方法なりをまとめるということは特にこれから指圧を志す者にとっては大きな指針になるものと思います。

    このブログもそうです。私にとって、指圧、そして指圧から離れた一人の人間としての視点を感じられる、このブログでとても救われました。
    崇高なところばかりじゃなくて、またには雑談も聞きたいんです。

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