30年スペインにいて私はレアルマドリッドの本拠地サンチアゴベルナべウーのグランドでサッカーを見たことがないというのが、結構、話初めの話題作りに利用していました。治療所から歩いて10分の所にあるので、膝を壊していない元気元気の頃は、このスタジアム(サッカー場)の周りを仕事が終わった後ジョッキングをして汗を流した時期もあったのですが、何が縁遠いのか今まで一回も足を踏み入れたことがありませんでした。 続きを読む →
2014年12月14日
by 小野田
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2014年12月14日
by 小野田
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30年スペインにいて私はレアルマドリッドの本拠地サンチアゴベルナべウーのグランドでサッカーを見たことがないというのが、結構、話初めの話題作りに利用していました。治療所から歩いて10分の所にあるので、膝を壊していない元気元気の頃は、このスタジアム(サッカー場)の周りを仕事が終わった後ジョッキングをして汗を流した時期もあったのですが、何が縁遠いのか今まで一回も足を踏み入れたことがありませんでした。 続きを読む →
2014年12月10日
by 小野田
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スペインに来たのが1984年なので今年が2014年と言うことでやっとこさの在西30年になります。90年代のスペインバブルの時代も見てきたし、前回の政権の社会党サパテロ首相のお馬鹿さんの滅茶苦茶ぶりも見てきたし、今またどういうわけかユーロが上がって円が1ユーロ150円台に上り詰める今日この頃の不気味さも体験してるし、良い時と最悪のスペインの両極を肌で体験できた誠にラッキーな私なのでした。 続きを読む →
2014年12月2日
by 小野田
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ある程度の歳になると解るんですが、此の位でもういいかと思う時が来てパッとあの世に行けたら最高な訳です。未練はあるけど後悔はありません。この言葉確か、どこかの映画で渡哲也が病床の身で、ささやく一言だったんですが妙に印象に残っています。 続きを読む →
2014年11月23日
by 小野田
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ああそうなんだ、と一人合点したのは。あの人も人間なんだ、死はだれにでも平等に訪れてくるんだという単純な疑問への合点でした。
特に俳優の高倉健さんは永遠に生き続けるんだと思っていました。日本に電話しては高倉健のDVDを頼んでは、送ってもらって、寝静まった居間で一人鑑賞をするのが楽しみな、ちょっとオタクぽい一面があるおじさんのガッテンなのでした。 続きを読む →
2014年11月16日
by 小野田
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実習農場までの道のりはもうとっくに忘れちゃっているけど、ファームの一日目の歓迎会でファーム長の大将が開口一番、無理をしないでくださいの一言が妙に印象に残っています。無理をしなかったらどうなるか、また無理をしたらどうなるか、この言葉意味深なんです。
長の奥様が、歓迎会と言うことで、カレーをふるまってくれました。カレーはごちそうなのです。カレーの中の具として豚肉が仰山入っていたんですが、その豚肉,角切りで目立つ存在なんですが、所どころに毛があるんです。(この夕食のために命を絶たれた尊い食材なのです。尊い蛋白源なのです。)取り忘れたんでしょうが、ごちそうと言うことで、ほら食べろと山盛りでくれるんです。元々豚はどうもの口で、その上、脂肪と毛があるお肉です。残したら失礼と、なぜか教育されている私です。すべて呑み込みました。呑み込むたびに涙が出てきて、一日目からカウンターを浴びせられて、あの大嫌いなラッキョウよりいいわと一人納得したのでした。 続きを読む →
2014年11月9日
by 小野田
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大学3年の夏、農業実習でフィリピンのネグロス島のキャンラオンという小さな村に滞在できるチャンスを頂きました。低開発国の農業を援助する公益財団法人であるOISCAという団体が所有するフィリピンの農場で実習することが移住研に所属する高校からの友の働きで可能になりました。 続きを読む →
2014年11月2日
by 小野田
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高校時代の仲間は、時間的余裕もあったし、その仲間意識を熟成する時間も環境も整っていたので今でも付き合いのある友が何人もいます。大學の友は、全国津々浦々からの集まりで、急に同じ学科の仲間ですのでみんな仲良くやりましょうといわれても、それじゃー率先して友を見つけようという頑張りの気迫もなく、妙に雰囲気がうつろで、無理しての根性もなかったので、昔を顧みると確かに今連絡を取り合っている友はほんのちょっとです。
ただ指圧の方でFACEBOOKなどの手段を使って宣伝しているので、もしかしてあの小野田と、連絡してくる昔の知り合いはいますが。実際の所、学生の頃は何しろバイトに忙しく、そして家からの通いということもあり、何の不自由もない高校の延長でしたので、大学キャンパスでの強烈なインパクトはあまり記憶に残っていません。 続きを読む →
2014年10月28日
by 小野田
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何しろ田舎暮らしを知らない自分は、自分の将来の仕事は農業でバンバンなんて考えていたのでした。それも漠然と漠然と、高校の無二の親友が俺は将来ブラジルに移住してバンバンとはしゃいでいたので、それもいいかなと彼に賛同したりして、はしゃいでいたのを今でも覚えています。
一様受験校でしたので2年生から文化系と理科系にクラスに分けられるのですが何を血迷ったか理科系を選んでしまいました。この辺から軌道が狂い始めるのですが。あのころの平均的家庭のお母さんは、文科系は将来の仕事なし。理科系は何かに引っかかると漠然と思っていたのでした。文科系に進むなんて言えない環境にいたのでした。 続きを読む →
2014年10月24日
by 小野田
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学生の頃ふらっとスペインのカタルーニャ地方のバルセロナに1年半ほど住んだ時期があります。また熱帯農業の実習でフィリピンのネグロス島のキャンラインという村にある日本人夫婦の農場で一時期お世話になったことがあります。セブ島というきれいな島にほれ込んで日本でバイトをしては、小金をもってセブの島でほんのちょびっとのお金を使い切るまで滞在、お金がなくなるとまた日本に戻り、居心地の良い渋谷の東急デパートに潜り込みマネキンから派遣されてお仕事、6時から東急本店の暇人と終電手前まで麻雀で御託を並べて、いっぱしのギャンブラー。 続きを読む →
2014年10月18日 by スタッフI | 0 comments
2014年1月から10月にかけてOCSニュースに掲載された阿是指圧の広告画像です。