日本滞在 パート1

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久しぶりの日本帰国は、嫁さんのほうで、自分は、昨年2回程お袋の、お葬式のために帰っているので、一年ぶりの帰国です。うちの嫁さんは、5年ぶりという事で昔からの古い友人との会合を計画して元気元気なのでした。
 昔から、私は、どちらかというと上野、御徒町方面を探索して満足顔の自分なのですが、嫁さんのほうは、渋谷方面をベースに昔から動いていました。昔々ファッションデザイナーの川久保玲という超カリスマの洋服(コムデギャルソン)を着て、烏族をしていたあの頃を今でもひきずっている人ですので、渋谷方面は、常識なのでした。私は、妥協してもやはり池袋どまりなのでした。
 日本の夏、旅行するのは、温度が少々、上昇気味は耐えられるのですが、湿気の高いことには、体も我慢の限界がありますので、どうなんだろうとの危惧を持ちつつ8月の22日出発、9月の6日の夜、羽田を出発という2週間の日本旅行が、この夏のメーンになりました。
 マドリッド発フランクフルト、フランクフルトで、一時間で全日空の羽田行きに綱渡りの乗り換え、フランクフルトから羽田までの飛行時間約13時間、この歳になると厚かましいのか、結構食事の時だけむくむく起きだし、あとは、ほとんど、睡魔に任せて、爆睡。
マドリッドから日本は、コロナの前は、週5便イベリアが、直通を運行していましたが、いまだにイベリアの直通便は、ありません。今年の4月に週一便が出ると言っていましたが、いまだにその兆候がありません。北京経由でチャイナ航空が、日本行きを提供していますが、若干安いようですが、私は使いません。以前JAL をよく使用していましたが、ネットで買うと全日空がお手頃なので、たまたま全日空を使用しています。私などは、2つのスーツケースと機内用のバッグという、千葉のおばさんよろしく買い出しスタイルでの旅行が常識になっています。23㎏が2つOKでの特典の切符を選んで購入しますが、係りの人が言うには、23,900㎏までokとのことです。この辺のにらみ合いは、いつも私が勝っています。
羽田につくと、昔私のスペインのクリニックで5年ほど働いていた浅香先生が、愛車であるマツダで、迎えに来てくれます。何しろ荷物が半端じゃないので、この行為には、まったくもって感謝の一言です。飛行場内で、携帯電話を借りてスタートになります。スペインの携帯電話をオフにしてやれやれの旅がスタートします。実家の大宮の途中のいつも通う日本食の食事所で、そばを食って、日本の指圧界の浮き沈みを浅香ちゃんが、話してくれて、半分寝ながら聞いてスタートです。今回は、高校時代の親友との会合、大学時代の仲間との45年ぶりの再会、浪越学園での卒業生在校生を対象にした2日間のセミナー、恩師である小林先生の退任慰労会の出席と盛りだくさんのイベントを消化するために来日しました。救心をいつもバックに、いつも常備しての万全な準備をもって、2週間の日本滞在がスタートしました。

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