2014年4月6日
by 小野田
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プレゼント番外編

スペインにいると言うことで、友達の友達が来ます。親戚の知り合いがきます。まったく会ったことがない様な人をアテンドしなければならないことがよくあります。私は忙しいと言うことで、息子を飛行場まで迎えに行かせるときもあります。最低限のことは、やることを心がけています。
 そんな時に、大体の人はお土産を持参してきます。一流デパートの例の包み紙の山本山海苔セット、何とか屋のおせんべい。この手を御持参の人は、親からそうしろと言われたのかまあー、一般常識をわきまえた人で一安心です。成田空港で思い出したように買った、1200円ぐらいのおまんじゅうセットや真空パックの長期持つお菓子などをお土産に持って来るような人は、抜け目のない人。全く忘れてスペインのデパートや到着後に飛行場内であわてて買って来る人は、ちょっとふざけたおなめになった御人です。一番清々しているのは何も持ってこない無い輩です。
この辺のランクは、受け入れ側は、必ずするから気を付けた方がいいみたいですよ。お土産はもらえばだれでもうれしいのです。しかしこの手に慣れた我々はお土産の種類で相手の気持ちがわかるのです。これは値段の問題ではないのです。 続きを読む →

2014年4月6日
by 小野田
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プレゼント列伝

外国にいると言うことで、お土産を貰うことがあります。日本人はあいさつの一環として、または話の糸口の手段として品物をプレゼントをすることがよくあります。心遣い、ほんの口汚しですけど、つまらないものですけどなどと言いながら渡しますよね。御中元、お歳暮、贈呈の種類は無限に広がります。私は、この習慣が日本人の大変いい習慣と思っています。
 外国、特にスペイン等は、この習慣がないですね。家族同士や恋人はもちろんありますが。一般的にはその習慣がないみたいです。ただフランス、イタリア、オランダ、スイスと講習で良く行きますが、ヨーロッパ全般の傾向としてはちょっとしたもののプレゼント合戦は常識のように思われます。 続きを読む →

2014年4月4日
by 小野田
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外国語はハート&ハート

日本が狭いか広いか知らないけど、日本人が外国に出て他の国の人と接触を持ち沢山の経験をして地球人として生きる、このことを否定する人は誰もいないでしょ。俺なんかは、やればとすぐに応援しちゃうタイプなんだけど、ただ慣れれば、日本だろうが、アフリカだろうが、その人の目的意識がなければどこでも同じであり、何も変わらないんです。
 外国で流されている奴がウジャ、ウジャいるじゃないですか。
 例えば 語学を目的に留学、このパターンはピンからキリまであるわけで、一か月の語学留学なんて目的意識がないと遊びそのものですよね。だけど長期留学がベターとも一概には言えない場合が多いみたいです。特に高校出たての親の援助100パーセントのおねえちゃんなんか、3か月ぐらいでもう軽い恋人作って勉強そっちのけ、イギリスあたりじゃゴロゴロいるみたいだしね。最終的に金が付きて、日本人旅行者の空港送迎、日本人レストランの給仕さんに落ち着くのがパターンでしょ。
本当に効率よく勉強したいのであれば、大学を卒業して将来のヴィジョンと覚悟を確認した後に、(すなわち語学の基礎を徹底的に叩き込んでから)短期決戦的留学で勝負がベターでしょうね。なぜならば、こちらで、育ってこちらの地元の学校で、自国語でレッスンを受けているハーフや日本人は、頭は100パーセント現地語(自国語)で考えていますので、おのずとフィーリングで何を言いたいのか瞬時に理解できます。反面、日本で生まれてある程度の歳まで日本の教育機関のもとで勉強した人が、語学で勝負であれば、文法の完璧さで勝負するしかないわけです。きれいで流暢な会話は出来ないし必要もないわけです。どれだけ的確に、何を言っているのか理解して伝達する、このことに尽きるわけです。現地生まれに勝てるわけがないのです。日本で育った人が、ひとかどの語学力で勝負と言えば、正確差しかないわけです。ただ語学習って帰っても、日本は、どこ行っても日本語通じるし、使わないから忘れちゃうよね。大方の語学留学は、青春の一ページ。お嫁に行く前のめっきの勲章と言うことで、大方の人は一件落着。 続きを読む →

これまでのOCS広告メモリー(ふるきを思いおこして) 2008年1月~12月

2014年4月3日 by スタッフI | 0 comments

 スペインの国民的スポーツといえば代表的なものにサッカーがあります。 2008年、スペイン代表チームは欧州選手権にて優勝、現在のスペインサッカー黄金時代の始まりの年でした。
 この頃から「バイオカルチャー」「マッサージエキスポ」といった代替療法系の展示会・博覧会に積極的に参加し始めます。

 2008年 5月 東京整体医学院にて指圧の講義を実施
 2008年 6月 ポルトガル指圧協会を訪問
 2008年 6月 アップタースポーツ上級指圧学校(ローマ)招待によるセミナー
      スペインの指圧の先生、生徒ら60人が12日間の日本旅行。
      2日間は日本指圧専門学校にてセミナー
      腰痛をテーマにアムステルダムにて、指圧セミナー
 2008年10月 マラガにて、マラガ校校長マテオ先生が1年半の準備期間を経て、初めてのセミナーを開催
 2008年11月 メキシコにて初の指圧大会開催。小野田先生とアンヘル・チチャロ先生が招待され参加
 2008年11月 イタリア・プロフェッショナル指圧協会主催指圧セミナーに招待され参加

 この年の広告は、これまでに出版した本の紹介を含めたものが多かったです。

2014年3月31日
by 小野田
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4月の肝弱

4月は、肝経が弱いせいか、イマイチの体を引っ張りつつ、汗がひたたり落ちだす夏まで、だましだましの日々を送ります。バイオで見ると私の体は夏に絶好調を向かえ、秋口まで若干落ちつつ体の状態を継続しつつ、冬はまったくの冬眠状態こんな感じのパターンで今まで来たように思います。
 この自分のバイオのパターンを知ると言うことは、非常に大事なことで、体がベストの時は寝なくても、無理をしても体が我慢できると言うことで、血管も柔軟性を持ち、頭の回転もフル回転、良いアイデアも浮かぶし、なにしろ、私にとっての夏は、講習、本の出版,etc多忙を良しとしています。その代り、冬は猫はこたつで丸くなる。この者ズバリが私です。とはいっても、そんな我儘が通じる状況では、ないことは嫁さんの叱咤激励を背に受ければ感じる常識ですが。要は自分のバイオを知り、体のバイオが下降気味の時は無理をするな言うことです。私は、このことだけは実践していますが、後は人事を尽くして天命を待つ。これしかないと思っています。40年の命であればそれは天命。60歳、70歳、80歳ここまで神様が生かせてくれれば、これは奇跡とラッキーのからみ餅なのです。 続きを読む →

これまでのOCS広告メモリー(ふるきを思いおこして) 2007年1月~12月

2014年3月29日 by スタッフI | 0 comments

2007年はスペイン国内そして海外と精力的に活動した年でした.

2007年 3月 日本指圧協会事務所へ海外の指圧の現状を説明するため訪問
2007年 6月 バルセロナのISMETで指圧と操体のセミナー
2007年 6月 日西指圧学院グラナダ校開校
2007年 6月 ベネツィア・インターナショナル指圧セミナー
2007年 9月 フランスで指圧セミナー開催
2007年11月 ローマにてインターナショナル指圧セミナー開催
2007年11月 グアテマラにて第1回指圧師育成プロモーションスタート
2007年12月 ブルガリアで指圧セミナー開催

2014年3月23日
by 小野田
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指圧のイメージ

日本の指圧の先生から、按摩、マッサージ、指圧の免許持ちが、日本では優遇されずに、派遣会社がマッサージなどの講習を企画して人材を育てて会社に派遣して商売をしているという不満が寄せられました。日本に限らず、アジアの国などは、国のコントロール、医療と慰安の境界のあいまい差をあえて問わずに、行なわれているのが現在の状況です。タイのバンコックなどは道路際のいたるところにマッサージ屋さんが立ち並び、下は売春、上は5つ星ホテルの超高級spaのマッサージと、まあーあるはあるはの銀世界です。
 私などは、旅人、そして一見さんのお客です。当たり外れはその日の運、体験上片っ端から一日4,5件、はしごをしましたが、料金とは比例せず超安の料金で完璧な治療をしてくれた先生も何人かいらっしゃいました。そんな先生方の治療所の名刺を頂き今度来たときは、この先生の治療所に直行しようと思ったものでした。 続きを読む →

2014年3月16日
by 小野田
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もう頑張らない

当学院も治療院開設12年後の出発ですので何やかやで18年の歴史が過ぎようとしています。日本での治療経験(日本指圧専門学校卒業の2年後にスペインに移住)が未熟のままスペインに来ましたので先輩が10年間患者さんを圧しまくって20000時間患者さんに触したらまあまあ一人前じゃ無い、と軽く言われましたので、ひと月120人の計算で12か月で1440人10年で14400人まあ12年ぐらいかかるかなーと思っていましたが、5年目で2人のまー、お金のかかる子供が続けて2人誕生しましたので、ひと月120人一日平均5人の患者さんでは、ヤバい状態になり、目の色変えて患者さんとの挌闘が始まり昼休みなし10人レンチャン患者さん治療の新記録を何日も更新したのを覚えています。 続きを読む →

2014年3月9日
by 小野田
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指圧の根底

2000年の夏、私のスタッフの一人であったJAUN DE DIOS 先生が、夏休みを利用して家族サービスをしたいと言うことで、彼にMALAGA(マラガ)のCOSTA DEL SOL(コスタデルソル太陽の海岸)にある、おんぼろアパートを貸してあげました。
 金曜日の夕方までうちの治療所で患者さんを取り、早々に帰宅して夜の12時に出発してマドリッドからマラガの550kmの走行距離を約5時間で完走、これがJUAN一家の計画でした。彼は、夏は、臨時の森林消防員、土曜、日曜は、柔術の先生、普段は、私の治療院で指圧師として働き、リーダーとしての頭も十分で私の右腕的存在でした。
 今まで何年も夏休みも取らずに精力的に働いている彼に俺と同じことをやっていたら、離婚だよと脅しをかけました。JUANの嫁さんは、スペイン人だよと散々諭して取らせた夏休みでした。(ちなみに旦那がスペイン人、嫁さんが日本人の場合は、結構持ってる(我慢している)みたいですが、旦那が日本人、嫁さんがスペイン人のケースは、離婚が圧倒的に多いみたいです。スペイン人の嫁さんを週末ほっといたら、こりゃやばいですよ、何しろ我儘の女の子がはびこっていますから。うちの息子はスペイン人の恋人と長年付き合っていますが、奴隷ですね。)
 日曜日の遅い朝食を終わらせ到着CALLがないなーと思っていると昼の12時ごろ、うちの学生でマラガの病院で働いている看護婦のマリアから連絡が入りました。なんだなんだの悪い予感、ヘリコプターでマラガから50km離れた海岸からJUAN が搬送されたとの連絡が入りました。今集中治療室にいる生死は5分5分と言うことでした。何が何だか解らずに、列車の時刻表とにらめっこしてとりあえずマラガまでスタッフと吹っ飛んで行ったのでした。 続きを読む →

2014年3月3日
by 小野田
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これは功績かも

つい最近、イタリアに長く住んでいるパレスチナを母国とする指圧の先生が、パレスチナに帰り指圧を教えたいので、浪越指圧のインストラクターの資格を取りたいとのメールが入り、さっそく月に一回イタリアのローマから週末の特別レッスンのために当学校に来ることになりました。3回目のレッスンになりますが、真剣そのもので、もともと指圧の基礎がありますのであと何回か来ればOKかなーと感じでいます。
 指圧の普及ということで、私も親身になり教えるわけです。休日も割いて教えるわけです。幸いこの先生は、お金に困っているわけでもなく、性格も素直ですので、パレスチナでも何年後の未来には指圧の大輪の花が咲くのでしょうが、咲かない場合もありますのでこの辺は教える側も若干複雑な心境です。つい先日も、ルーマニアの空手の先生からのメールには、指圧を私の道場で教えたいので、どうしたらいいのかとの問い合わせがきました。ここ何年か、インターネットやfacebookのお蔭で当学院も南米を中心に関心の的になり、手技療法のオタクさんからその手のメールがどんどん来るようになりました。
ありがたいことなんです。しかししかし、、、、、この辺を日本人的感覚で、よしゃ日本の文化の普及だ。損得を抜きにして頑張ろうと考えて精魂をまき散らしたのが15年前でした。外国では子弟の関係が成り立たないと納得したのもこの辺からでした。期待をして教えて、えらい目にあったのもこのころでした。損得抜きで、なんて思って教えたら後でがっかりします。金を貸す時のように貸したら金が戻ってくることなど考えるなこの精神を培ったのもこのころです。 続きを読む →