2023年10月27日
by 小野田
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勘 to 本能 de 生き抜く

スペインのマドリッドに住んで、ずいぶん経つけど、これほどまで精神的な緊張状態に陥ったことは初めてです。円安が続く日本の不安定な状況は、岸田首相の貧乏顔を見れば、わかることでそんなに驚きません。統一教会の政界ににじみ出る汚染も、あり得ることなんで、驚きもしません。
 日本のニュースもお天気がどうとか、何何公園にお花が咲いたとか、もうどうでもいいことをどうでもいいお嬢さんが、下を向きながら。抑揚のないそして魅力のない声で、しゃべるのを見ても、こんなもんかと驚きもしません。
 確かに、日本の国民に知らせるニュースもどうでもいいようなニュースなんで、英会話の克服上達法の如く聞き流しです。こちらの緊張感のあるホットなニュースと異なり、マー誰も聞いてないんでこの程度で、いいんだと納得すればこれもいいわけです。
 国民は、どこの中華がおいしいとか、この新鮮な魚介類には、オッたまげ、そしてなんとこの値段。この程度でいいわけです。確かにyoutubeのほうが、ほんとなんだろうか、騙されてるんだろうかと、疑問視を持つであろう、ある種の緊張感は、あるみたいです。でもこの程度で、一日が終わってしまうのです。日本は、平和なんです。永久に続けばそれもよしなんです。
 でも今の日本を生きる爺さんばあさんは、世界的に異変が起きても、兵隊に行くわけでもなし、年金は、どうにかセーフに降ろせるし、生きてもせいぜい15年から20年、何とか生き抜けるであろう、安心感をもって野次馬根性旺盛に生きられるのです。
 所が、今5歳10歳のお子様が、大人になった時、あなたは、このボケ平和が続いていると思いますか。未来を楽観視する人は誰もいないはずです。遠くから見て、日本のおめでたさは、異常そのものです。釜茹での如くとはよく言ったものです。
 所が、やばいやばいと、そんな勘が働く、こんな感じをごくごく持ち出しているのが、ヨーロッパの各国の私のような一介の平民です。ウクライナとロシア。ロシアは、いつものように悪役、ウクライナは、アメリカのお友達の正義の味方。ヨーロッパの誰もが共通的に感じるウクライナの第一印象は、政治家の汚職です。これなどは、戦争が始まる前から、誰もが知っている真実です。
 バイデンの息子さんは、ウクライナでどんだけ、汚いお金を分捕ったか、そのボスがアメリカの大統領です。側近は知ってるんでしょうが、このアメリカのボスのお年で、果たして正常に判断できる頭を所有しているのでしょうか。日本の政治家も80何歳の化け物が、金食い虫で、まだいるけど、この異常なる動きの世界で、ボケ人物が、大統領であれば、これはまさに茶番を通り越しているでしょう。
 そしてパレスチナとイスラエルの宗教戦争、どちらがいいとか悪いとかというのではなく、ヨーロッパの飛行機で4,5時間の所で、ドンパチやりだした。この緊張は、すべてのヨーロッパ人は、過去の悲惨な歴史を知っているだけに、本能的に体が緊張しだしました。
 ある専門家が、日本の自衛隊の兵士、人を殺したことあるんですか。一般の人は、銃を撃てる人が、何人いますか、いないんです。銃持って、開拓に来て、戦いも知らないインデアンを嬲り殺したアメリカ人とは、訳が違うのです。
 こんな小さな商売にも、影響が出ています。先行き不安という本能の目覚めです。一介の庶民が、緊張しだしました。ヨーロッパ全体が黄色信号になりました。どう対処していいか、久しぶりに凍った頭に活を入れています。
 何とかパンデミックを低い頭で、ほふく前進して、しのいできたと思ったら、また匍匐前進の繰り返し、先がないだけこの世代は、気が楽という事は、確かなんですが。いい方向に向いていないという事は、誰もが感じる本能です。

2023年10月15日
by 小野田
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外から見るわが国日本

 日本のテレビが観れるというので、アマゾンで中国製のチッサイ、テレビを間接的にボタンを押してチャンネルを交換できる類の器具を買いました(其の器具の固有名詞が思いつきません)。日本円にすると25000円位の器具です。きっと違法なんだと思います。其の器具を売ってる会社が、摘発されたらきっとその時点で観られなくなるんだと思います。
 ちょっとした操作で、簡単にBSからスカパー、北海道放送、映画専門チャンネルもうすべての日本のチャンネルが、レアルタイムで鑑賞できる代物です。その上、きれいに完璧に映ります。もちろん中国語の放送、韓国語の放送、インドの放送全てがOK なのでした。
 11月で、長年放送されていたイギリスから送られるNHK 系の日本の放送(JSTV)が、終了するので、これはこれで、大変便利なのでした。
 ただ日本の時間が、7時間先行しているので、仕事が終わって、自宅に帰る時刻が、こちらの時間の9時から10時ですので、日本時間の番組は、朝方の5時頃の放送になってしまいます。朝方からお天気の予報を観たり、テレビショッピングをみたり、垂れ流しで鑑賞しています。
 相変わらず、朝から、グルメの放送をしたり、子犬ちゃんのお話をしたり、洗濯物の乾かし具合と本当に超どうでもいい放送をしているのには、驚かされるばかりです。
 こちらのテレビは、娯楽も確かにあります.皇族のだれだれが結婚したとか、離婚したとか、整形したとかは、確かにありますが、それに合った人が登場して進行しています。ちょっとお堅い報道番組には、決して、お笑い芸人は出てきません。昔活躍したスポーツ選手も出てきません。
 報道番組は、新聞記者とか大学の教授が出演、これはどこの国でも、少なくても、ヨーロッパは常識なはずです。アナウンサーと記者との違いも、はっきりしています。この辺は、プライドの問題で、仕事の分担をガチっとしています。日本の場合は、その辺が、バラバラで、いいとこと悪いとこがごちゃごちゃで、日本人同士のアウンが通用すれば、OKなんでしょうが。外人には理解できるかは、少々疑問です。しかし日本のテレビ番組は、怠け者の時間つぶしには、最高なはずです。日本の官僚や政治家は、人口の3割は、テレビ漬け中毒のほうが,やりやすいと思っているはずです。
 サッカーの国際試合で、日本人が、試合が終わってゴミ拾いをして称賛されていると日本のマスコミは、こぞって言います。もちろんごみをまき散らす輩は、問題外です。そして自分周辺のゴミを拾うのは、常識です。でも観客のゴミ拾い、確かに偉いんでしょうが、ごみ拾いをするバイトが控えていますので、ごみ拾いを強制する人がいたら、これは行き過ぎという事です。
 医者には医者の仕事、看護婦には看護婦の仕事、掃除人には、掃除人の仕事この区別がはっきりしているのがヨーロッパのシステムです。ただ欠点として全体を見られない仕事人がほとんどで、総合職の育成には、不向きな点があることは事実です。
 日本のテレビを観て感じることは、すべてのジャンルにおいて緊迫感がありません。おふざけの全盛のテレビが日本にはあります。youtubeのほうが100倍ましです。
 75年間、日本には、戦争がありません。テレビを観るとその国のレベルが解ると言います。こちらにいると、ウクライナは、汚職だらけだとか、ソ連にも言い分があるとか、人それぞれの判断の基準をもっています。マスコミなんかあてにならないことは誰もが認識しています。
 自分の価値判断をガキの頃から教育されています。それ故に極端な判断基準を持った人も沢山います。テロを支持する政党もあります。しかし自分の意見を尊重する教育を受けています。この辺が、飯はうまい、もてなし最高、外人(白人)に妙に親切な等々、そしてアメリカが月光仮面だと今でも思い続けている日本のお偉方の舵取りのボケ具合。
緊迫した現在を、このスペインにいてもひしひしと感じます。日本のテレビを通してまさに感じたことは、ジャニーズどころじゃないだろう。
 

2023年10月6日
by 小野田
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ヨーロッパの政治家は爺はいないぞの巻。

日本は、残暑らしいけど、マドリッドの朝方は、むしろ肌寒い気候になりました。夜も窓を閉め忘れると寒さで起きてしまうぐらいの気持ちよい日々が続いています。ウクライナの諸事情の影響か、電気代やスーパーでの買い物のレシートが気になる感じは確かにすると嫁さんは言っています。自給率の高いスペインでは、いざとなれば、スペイン人は、貧乏生活に慣れているんだから何とかなるだろうと考えるんだけれども、一度上げた消費の桁を下げるのは、確かに難しいので、スペインも苦しむ日々が訪れることは、確かなようです。
 それだって、いざとなればの根性は、したたかで、今ヨーロッパで一番道路が機能的に、そして景観から言っても一番素晴らしいのは、スペインと言われています。イタリアの立ち遅れは、道路や家屋を見れば歴然としています。そこにまたイタリア旅行の面白さがあるんだけれども、きれいさや機能の差は歴然としています。これなどは、、ヨーロッパコミュニティー(EU)の加盟により得たあぶく銭を南スペインの高速道路網にめちゃめちゃつぎ込んだおかげです。
あの頃の首相は、フェリッぺゴンザレスというレジェンドで、社会労働党を率いて、政権を長年維持して経営者側には、大変かわいそうですが労働者の権利を優遇して、スペインを形上、ピレネーを超えるとアフリカのイメージを一掃したのでした。1990年代のバブルの影響もあったのですが、あの頃のスペインは、確かに右肩上がりを実感できました。
すなわち、国は確かに二流でも政治家はしたたかでした。汚職も確かに多かったけれども,EUからお金を分捕ったのも確かにあの頃の政治家のお陰でした。
あの頃は、まだバスク解放戦線(通称エタ)がバスク地方の独立を主張して、テロを頻繁に起こして、何人もの市民が犠牲になりました。あの頃の民衆党の党首であるアスナロ首相が、車に爆弾を仕掛けられて、たまたまその車が、メルセデツの爆弾にも耐えられる特別車だったために助かったというエピソードがあります。そんな時期を通りこして、テロは、停戦したのですが、そのころに逮捕された犯人たちは、刑務所にいるのですが、何百年の刑で服役して、どういう訳か、死刑があるわけでもなく、なんとなく何人、人殺しを仕様が、20年もすると出てきちゃう傾向があります。もうそんな時期に近づいています。その犯人を支持する政党もあるのですから、これも不思議です。ただ私たち日本人は、その西洋史を習っていませんので、何も言えません。その上、現政権は、恩赦の特権を与えようとしているのですから、またまた複雑です。この辺は、非常に難しいので、コメントは避けますが、国が変わると心情もすべてが変わるので、難しい問題です。
日本の場合は、こんな問題は、日常の問題じゃないので、政治家がというようなマスコミに消されてしまいますが、スペインの国民は、弱いサッカーチームのふがいなさを容赦なくたたくように、国民は、またまた口うるさく騒ぐ傾向があります。これなどは、ヨーロッパ人の良い所で、ガキの頃から教育されているので、この辺は、日本人の特に若者のふがいなさとは雲泥の差です。
政治のことを一言付け加えると政治家が実に若いという事です。引き際も早く、たんぱくというか、ひと仕事が終わった政治家は、どこに行ったのやら、日本みたく往生際が、悪いのは、ヨーロッパには、少ないようです。政治家が日本では、70代下手すると80代これは確かに末期的事態です。汚職は確かにありますが、爺様は引っ込むのも早いのは確かですぅ。

2023年9月20日
by 小野田
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焼き肉屋

9月も半ばに入り朝晩随分穏やかな気候になりました。Madridの今年の夏は、例年になく暑い日々が続きましたが、今日現在朝などは、半そででは、少々寒すぎる状態になりました。、やはり気候の面では、誠に持って大満足の国と言えそうです。
 日本に2週間ほど滞在して、ほとんど休む暇なく、動き回ったおかげか美味いものをしこたま胃にぶち込んだ割には、体重は増えていません。うな重だけは、ウナギの下の隠れたご飯をたれの誘惑に負けて食べてしまいましたが、炭水化物は、極端にゼロを意識しているので、体重が増える要素もなく、病気ーと、直接尋ねられたのが、滞在中3回程ありました。
 この頃は、食わない方が、調子がいいと感じだしている自分に少々驚いています。食べないという信号を頭から始終出しているのでしょうか、スペインにいるときはあれだけ食べたかったコッテリラーメンを要求しない体がここに存在しています。
体をいつも飢餓の状態にしておくと年相応の食べ物を体が、要求するのだとつくづく感じ入った次第です。腹2分ぐらいの状態が、一番ベストだと何かの本で読んだことがありますが、そんなものかもとふとガテンするのでした。
 グローバル化の波はいいんだけれども、農耕民族の身体を持つ日本人が、狩猟民族のヨーロッパ人の真似をして、肉だ、肉だ、和牛、和牛、ホルモンは西成の何何屋だよなーと騒ぐ昨今の日本、少々おかしいんじゃないかと感じたのは、確かに真実です。
私が日本にいたころ、欧米化が進み、胃がんが、主流を占めていた日本人が、肉食を重視しだしたために直腸がんが増加して、食養を随分、マスコミが、話題にして盛り上がった時代が確かに一頃ありました。
 しかし今の日本、どこのテレビやyoutube等の娯楽番組は、経費が掛からないからか、これでもかと食養の話題であふれています。飽食の時代の再来です。
 ただただ飯の話題が、屁にも毒にもならない無難さがあってか、マスコミもお茶にごしに垂れ流しています。滞在したホテルが汐留の住友ビル内にあったので、大江戸線を使って築地の市場外に行ったら、外人がめちゃくちゃいるのはいいとして,和牛の串焼きの上にウニを載せて、炎天下の中,一くし5000円で売っているのには、驚きました。痛風一直線もいい所で、直腸がんも呼び込んじゃうような食べ物を売って、外人を呼び込んでいる輩に呆れた次第です。
、いくら体を鍛えても、いくら体をいじめても、要は、食べ物が健康のもとです。ご飯食べて、肉食えば、いくら野菜をとっても農耕民族の我々には、負担が多すぎます。そのうえタピオカなんかを調子こいて、恋人とごくんといったらやばいですよね。大盛り食って喜んで、辛いの我慢して喜んで、食べ物をバカにしている飽食の日本がここにあります。ポカリスエットを飲み過ぎて糖尿病になったり、カルピスを飲み過ぎて然り、外からの小麦は、遺伝子交換、その上やばい肥料を使用してその小麦の加工品をバカバカ食ってる日本人。その上、pcとスマートフォン中毒で、頭がおかしくなってる若者があふれる日本。すぐ切れて、殺しちゃったり、バラバラにしちゃったり、渋谷を歩いてふと思ったのは、確かにお金があったら日本は最高だね、そのくらいかなー帰国の途に就いた羽田で思ったことは。 
 早々、日本人は、豚肉が体に合ってるような気がするけど、どうなんだろう。それにしても焼肉屋が目立つ日本だなー。
 

2023年9月15日
by 小野田
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友達はいいよなの巻

 日本の滞在が、15日間、この久しぶりのまたとないチャンスを利用して、高校の同級生と会うことになりました。久しぶりという事で、話がどんどん進みました。川越が都合がいいという事で、国鉄の川越駅の改札口前で集合という事になりました。
 川越には、国鉄、東上線、西武線等が入り込んでいて川越と名称が付く駅が沢山あります。
川越も変わったもので、以前は、喜多院の静けさが、本当の小江戸川越を好きな人であり、通の人には全くもって騒々しい町内会になったものなのでした。
 今のようにごちゃごちゃ、青臭いお姉ちゃんが、闊歩している川越は、どうもなんですが、何もない埼玉県にしてみれば川越は健闘している街なのでした。小江戸川越で売る今の川越は、駄菓子や、川越芋、はては、ウナギが売りのようですが、駄菓子やイモはともかく、ウナギが有名になったのは、つい最近のような気がしますが、商売根性丸出しのうなぎ屋の中で、喜多院のそばの古い一軒家の古民家のうなぎ屋に時々行きますが、あそこは、流行りに関係なく昔からいつものように気取らず、やってますので、あの店は別格です。
 私のクリニックの近くには、レアルマドリッドのスタジアムがあり、試合があるときは、交通規制で、まったくもって迷惑なのと同じように、土曜、日曜の川越は、よそ者だらけで、商売とは関係ない住民は、ただただ迷惑な、うっとうしい街になりますが、じっと我慢なのだそうです。なぜ詳しいかというと私の姉が川越に嫁いで、何十年なので、そんな情報をちょくちょく聞くからです。
午前中に昔バルセロナで遊び転げていた頃の仲間と会い、暑いから帰ると早々にお別れして、日が沈むちょっと前まで時間をつぶして、、夕方5時に集まり居酒屋に駆け込んだのでした。一人は歯医者をリタイヤして悠々自適の友、市役所を務め終え、実家の畑と語り合う友、自分の会社をうまく売り抜け、これまた一件落着の友、そして私の4人がいつもなんとなく集まるのでした。
 会って、話し始めると昨日会って、その続きのような感覚で、妙に居心地がいいのでした。今回は、私が、会いたいというと、小野田が合いたいと思った時は、会うべき時だなと友が即座に動いてくれたのでした。
この数少ない仲間は、昔から己の勘を信じる男たちで、勘で今まで生きてきた面々なのでした。全くもって、友達は、少ない方が良い派なので、皆一匹狼で生きてきた人間とも言えます。高校が東上線上板橋にある私立の男子校で、個性を伸ばす教育で、色んな生徒がいたような気がします。俺と歯医者は、部活が少林寺拳法で、組み手のコンビだったので、喧嘩もしたし、熱く語り合ったりしたし、当然一生涯付き合う男だったような気がします。後の仲間は、落研の部長で、大学卒業後ロッテに入り、丁稚奉公を経験後、10数年後、親父の会社に入り、バリバリと会社を時代に載せた男です。そして一人は、建築家を早くから希望していた奴で、結構勉強をしていたと思います。
 高校の友としては、この4人が生涯の友として今も付き合っています。約50年戦う土俵は、違っても生き抜いたんだから、これはこれで、超立派なことです。
 居酒屋で語りつくし,お勘定。そしてそれぞれの家路に急ぐのですが、それじゃ―またなの一言で、バイバイです。明日また会うかのように振り返りもせずバイバイです。またの会う日を、語り合ったけど、果たして、未来のことは判らない歳になったことは、全員が承知しています。、あの時に帰れた今の瞬間を、そう一期一会に感謝感謝なのでした。

2023年9月8日
by 小野田
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日本滞在 パート1

久しぶりの日本帰国は、嫁さんのほうで、自分は、昨年2回程お袋の、お葬式のために帰っているので、一年ぶりの帰国です。うちの嫁さんは、5年ぶりという事で昔からの古い友人との会合を計画して元気元気なのでした。
 昔から、私は、どちらかというと上野、御徒町方面を探索して満足顔の自分なのですが、嫁さんのほうは、渋谷方面をベースに昔から動いていました。昔々ファッションデザイナーの川久保玲という超カリスマの洋服(コムデギャルソン)を着て、烏族をしていたあの頃を今でもひきずっている人ですので、渋谷方面は、常識なのでした。私は、妥協してもやはり池袋どまりなのでした。
 日本の夏、旅行するのは、温度が少々、上昇気味は耐えられるのですが、湿気の高いことには、体も我慢の限界がありますので、どうなんだろうとの危惧を持ちつつ8月の22日出発、9月の6日の夜、羽田を出発という2週間の日本旅行が、この夏のメーンになりました。
 マドリッド発フランクフルト、フランクフルトで、一時間で全日空の羽田行きに綱渡りの乗り換え、フランクフルトから羽田までの飛行時間約13時間、この歳になると厚かましいのか、結構食事の時だけむくむく起きだし、あとは、ほとんど、睡魔に任せて、爆睡。
マドリッドから日本は、コロナの前は、週5便イベリアが、直通を運行していましたが、いまだにイベリアの直通便は、ありません。今年の4月に週一便が出ると言っていましたが、いまだにその兆候がありません。北京経由でチャイナ航空が、日本行きを提供していますが、若干安いようですが、私は使いません。以前JAL をよく使用していましたが、ネットで買うと全日空がお手頃なので、たまたま全日空を使用しています。私などは、2つのスーツケースと機内用のバッグという、千葉のおばさんよろしく買い出しスタイルでの旅行が常識になっています。23㎏が2つOKでの特典の切符を選んで購入しますが、係りの人が言うには、23,900㎏までokとのことです。この辺のにらみ合いは、いつも私が勝っています。
羽田につくと、昔私のスペインのクリニックで5年ほど働いていた浅香先生が、愛車であるマツダで、迎えに来てくれます。何しろ荷物が半端じゃないので、この行為には、まったくもって感謝の一言です。飛行場内で、携帯電話を借りてスタートになります。スペインの携帯電話をオフにしてやれやれの旅がスタートします。実家の大宮の途中のいつも通う日本食の食事所で、そばを食って、日本の指圧界の浮き沈みを浅香ちゃんが、話してくれて、半分寝ながら聞いてスタートです。今回は、高校時代の親友との会合、大学時代の仲間との45年ぶりの再会、浪越学園での卒業生在校生を対象にした2日間のセミナー、恩師である小林先生の退任慰労会の出席と盛りだくさんのイベントを消化するために来日しました。救心をいつもバックに、いつも常備しての万全な準備をもって、2週間の日本滞在がスタートしました。

2023年8月4日
by 小野田
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爺は引っ込んでろの巻

誠にこの歳になると月日の経つのを、早く感じます。昨年の今頃は、お袋が、危篤という事で飛行機の券をゲットするために知り合いの旅行代理店に打診して、大体のチケットの予想値段を値踏みしたり、ネットでの券の値段を見て結構高いぞーと一人納得したりしたのでした。あれから一年、どうにか生き延びたようです。
 兄弟が集まるという事で8月の終わりに帰国するのですが、お袋がいるときは、お袋を中心にプランを立ててこれはこれで、楽しかったのですが、親父、お袋がいない実家なんて、他人の家そのもので、東京のホテルをベースに動いた方が、よっぽど効率がいいので、今迷っているのでした。やはり親父お袋がいなくなれば、長男が,実権をと、なるわけで、三男はゴミなのでした。
 日本は、例年のこととは言いながら暑く、そして湿気があるというニュースをjstvを見るたびに、帰国の時期を誤ったかなー、失敗かなーと反省したりして、8月の患者さん離れを若干気にしつつ、暇なクリニックにスタッフとボケっとしているのでした。
 このjstvというのは、イギリスに本拠地があり主にNHKを中心としたテレビ番組を提供している会社なんですが、つい先日手紙が来て、かなり長く続いた衛星放送を今年の11月に営業をストップするという事でした。youtubeがあり、特別の中国製の器具をアマゾンで購入すれば、日本のテレビが見放題の世の中です。
 私たちのような、爺さんばあさんは、このjstvで満足で、毎月相当の受信料を自動的に払っても、マーマーの気分なんですが、若い奴は、そんなところに敏感で、この世の中には、必要がなくなってしまったシステムらしいのでした。時代の流れとは言いながら、確かにNHK が主体の番組では、お客は、見ないんでしょうね。
 時代を読めない人は、置いてきぼりを食らう世の中は、確かに寂しい限りではありますが、これが現実の世の中なのでした。
先日マドリッド市役所の正面玄関に、おじいさんおばさんが集まり、デモを催したというニュースが流れていました。爺さん、ばあさんが、不平不満を表示した相手は、銀行の対応でした。銀行も人員整理が激しく、いつも銀行員が、親切とは言い難いけれどもまあまあ、対応していたのが、すべて、機械が対応するようになりました。会社の方針とは言いながら、顧客であるお年寄りは、機械相手では、最初からギヴアップです。
 日本の銀行の窓口は、お客様は、神様が今でも通用するでしょうが、ヨーロッパでは、そうはいきません。
 以前でも仏頂面の銀行員、それが、人が足りないでの接待ともなれば、想像はつきます。私も、つい4,5年前から感じていたことです。お金をもっているのは、爺様、ばあさまなのですから、そのくらいは判るはずなのに、この有様です。スマートフォンがないと銀行の振り込みもできない時代になってしまいました。、いいのか悪いのかは、わかりませんが、生きずらい世の中になったことは、確かです。
 スマートフォンといえば、スマートフォン症候群が一般化されて、携帯電話がなければ、物事が進まない世の中になりました。電磁波の脅威、スマートフォンによる体の諸症状も、今では、マスコミの興味外になりました。武漢ウイリスの今の現状と全く同じです。しかしアップルの創業者ジョブズの息子娘には、、携帯電話を使わせなかったことは、超有名な話です。アップルや、アマゾンなどのお化け会社の幹部社員の息子の学校は、ある程度の年まで携帯を使わせない学校に通わせているのも事実らしいです。世の中、人が多すぎて、食糧事情や世の中の住みづらさを解消させるには、自分の健康管理ができないお馬鹿さんは、癌にでもなって死んじゃいなさいと世の中は、言っているのでした。自己管理は、世の中との流れに反しますが、金持ちは金に物を言わせてできるのです。食べ物にしたって、スーパーの安売りの品物は、安く売る条件があるのです。卵だって高い卵のほうが安全なのです。常識です。指圧を受けたくても、うけれる人と受けられない人がいるのです。健康は、所詮、寂しいんですけど、金で買う世の中とも言えます。
私たち、おじさんおばさんの時代は、もうすぐ終わりです。次世代の人達が、苦難を乗り越えればそれでよし。誠にその言葉に尽きるとしか言えません。おじさんは、黙って退場、結構次世代は、しぶといぞー。ジャンジャン。
 
 

2023年7月19日
by 小野田
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断捨離の徴候

断捨離の徴候
8月に近ずくと学校もお休みで、みんなどこに行ってしまったんだと思うぐらいマドリッドは、静かになります。物価が上がった、給料が雀の涙とさんざん愚痴る割には、夏休みは、乞食でも失業者でも平等にわかちあう、それが、当然の権利なのだそうです。
患者さんは、夏は痛みなんか忘れて、夏休みを堪能しているのでガラガラのクリニックがここにあるのでした。
そんなこともあり昔々暇なもんで日曜日、ダウンタウンの蚤の市に必ず出かけた時期を思い出し、ふと地下鉄を久しぶりに利用して日曜の朝、トレドの門の近くにあるラストロという名の蚤の市に出かけました。全くもって10年ぶりの蚤の市、ラストロに行きました。思った以上に中国人化していて見る影もなく、メードインチャイナの服やプラスチック製品を売ってる屋台のオールパレードでした。もはや蚤の市には程遠く、私が興味を引きそうな小物は、皆無。早々に退散したのでした。
最近ですとルーマニアに行った時の日曜市、ベルギィーのクリスマス前の日曜市、セルロイドのミニ人形をゲットした以来の収集を期待したけど惨敗。
骨董品集めが趣味といえば、かっこいいのですが、私独自の感覚で、興味を引いた品物集めをしていた昔が確かにあるのでした。
昔昔の宣伝ポスターや真鍮の使い古しの食器類など、私好みのガラクタを結構な額を投資していた気がします。一週間の汗の結晶(指圧治療)、そうですあの頃は、ペセタを中毒のように散在していました。お金がユーロの前のペセタの時は、妙に未来に投資を一切せず、仕事もしたけど、結構ガラクタに投資していた時期がありました。そのころ嫁さんは、2人の育児で、大変だったというのに、今思うとやばいの一歩手前だったのだと確信するのでした。
特に1930年代、スペインで売られていた紙粘土の人形や、マリキータぺレスという名の一時期の抱っこちゃん人形のような爆発的にスペインで売られていた人形を買い集めていました。かき集めていたが正しいかもしれません。
磁器、陶器の人形(フランス製)はあまり興味がなく、紙粘土やセルロイドの人形に惹かれる所があり、毎週バンバン買い集めていた時期がありました。その頃は、市民戦争時代(1930年時代)の人形が出回っており,あのころの相場で、一体15000円から25000円位は、確かにしたと思います。その辺の人形を無造作に買ったのですから確かにあの頃は異常だったんだと思います。
稼いだ、お金がみんな、飛んで行ったあの頃はなんだったんだろうと思うのですが、確かに買い集めました。
買う店がだいたい決まっていたので、その店の主人が、いいかもを見つけたとばかり毎週行くと2,3体、必ずキープしてあったのでした。
あの頃のフィーバー(熱風)は、10年ぐらいで消えたのかなー。
今では10何個の引っ越し用の段ボール箱に入り、物置に、ひっそりと眠ってますが、開けるとまた熱病が、再発するかもしれませんので開かずの何何になっています。
300体までは数えたけれど、今何体あるのかは、わかりません。一時期、この手の人形のブームがあり小野ちゃんの人形を売れば、マンションの一つは、買えるねと言われうんうんとよだれをたらしていた時もありましたが、今は、暴落して、買値にも届かない価値になっているとのことです。
サーカスのポスターも何枚集めたことか、毎年冬、闘牛場のわきで、テントを張って開催されるサーカスの興行で、町中に貼ったポスターをしかとで、はがして、コレクションして、一人喜んでいたのでした。
こんなポスターを旅をするたびに、きょろきょろ街を散策して集めるのを常としていた頃もありました。町に貼られたポスター、これも何枚あることやら。
ただ、今はひっそり物置で眠っています。
小野田亡き後は、娘、息子、そして嫁さんなんかまったく興味がないので,捨てられちゃう運命にあるのだろうと感じているわけです。
時代遅れの男になりたいやらなりたくないやら、まだ死ぬ気がしないので、断捨離する徴候は、まだ起こっていません。

2023年7月8日
by 小野田
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身分証明のいらない天国日本の巻

私の住んでいるスペインは、あなたは、誰ですかと聞かれたら、何を提示するかというと、スペイン国発行の身分証明カードを提示します。ちなみ私のナンバーは、X-0329125-Sです。国が発行した、私は、だれだれという身分の証明カードです。私の持っている証明カードは、5年間、スペインにいられますよという在留証明兼労働許可症付きカードです。そしてその証明書のほかには、短期的に学生さんやお年寄りが保持する証明書、1,2年の短期のもの色々種類はあるようです。そして私はいつも何を携帯していなければならないかというと、5年間の在留証明書兼労働許可証付きカードの常備携帯が義務ずけられています。
 お金さえあれば、在留証明書は、その手の専門の弁護士がいて、その弁護士が、何人かで事務所をもって、幅広く、しのいでいる事務所が信用、仕事を完璧にやるやらないは、別にして町中にあります。法科の大学出るとすべての卒業生が弁護士予備軍ですので、弁護士以外の仕事も含めて多角的に、会計なんかもやって、しのいでいるのが実情です。やはりどの仕事も同じで純な弁護士一本で生きている人は、少数のようです。
そんな事務所には、何でも雑用の事務員が動いて、その辺が動いてその手の証明書をゲットすることができるようです。蛇の道は蛇、その辺は、その手のプロに任せて、私たちは、せっせと働くのでした。
 一番大事な証明書は、この身分証明書で、スリや紛失で、一番心配するのは、この身分証明書です。EU諸国の海外出張であれば、この身分証明書提示で、okです。パスポートは、EU諸国以外の提示になります。なぜ心配かというと、どこに行くにもこの身分証明書の提示を求められますしこの証明書がないと動けないといっても過言ではありません。
 そして再発行の時間のかかることは言うまでもありません。何しろ再発行には、最初からの手続き書類の再集めが必要となります。パスポートは、旅行のため、運転免許は、車を乗るため、保険証は、医療を受けるためであり、そのすべてのカードに表示されるのが、身分証明書ナンバーなのです。、身分証明書ナンバーがあなた個人の身元証明になるのです。このこのナンバーを提示しているこのカードが、すべての身分を証明してくれるのです。
 この各個人所有のナンバーが、一個人の身分を証明してくれます。要は、一個人をナンバー化したものの所有が、必要という事になるのです。もちろんこのナンバー化によって個人的情報が、国の所轄期間がすべて知りたいと思えば、資産に至るまで、可能な訳です。この辺の法的な難しさがあるのでしょうが、好きでスペインに来たので、スペインの移民局の言う通リにしないと、スペインにいられない訳ですかから、指示通りにすべての証明書を提出してokですと言われてここにどうにかいるわけです。この辺のだましあいと妥協が、各個人の柔軟な考えになるわけです。難しさはありますが、国家間同士のしのぎあい的な観点で見れば、落としどころを見極めなければなりません。この事が各国のイメージにつながります。
 日本のように、お隣の国の訳の分からないおじさん、おばさんが、難癖付けて、個人情報がなんやかんやと言っていますが、こちらでしたら、文句があるなら入国するな、スペインに滞在するなの一言で、終わるわけです。日本のお役人のふがいなさは、あきれる限りですが、各国の政府の方針であれば、お役人もそれに従っているのですから彼らの責任ではなく、日本の政府にあるわけです。
 アメリカに入る時、誰も文句を言わずにじっと我慢して、うるさい警察犬の吠えるのを恐ろしさとあさとあきらめで、見ているのが常識なはずです。これがアメリカのイメージな訳です。考えよ云うによっては、今まで帰国するたびに、実家の住所だけを頼りに、身分証明は、パスポートのみの日本人、これ自体の日本の常識は、世界では通用しないのに、今まで通用してたのです。
 田舎に行くと、今でも夜、玄関のかぎが掛かっていない。泥棒さんお入りくださいの現実がここにあります。宝石屋に泥棒が入ってバタバタやっているときに、外から、ぼーっと静観しているおじさんが、ニュースで写ってましたが、外人は、どう見たでしょうか。無防備の家にタンス貯金があると知った、外人は、よだれものでしょうに。結論から言うと、 各個人の身分の証明は、常識です。明治維新じゃあるまいし。ボケまくりで,他国に侵略されても、後の祭りだぞー。ニタニタ笑ってないで、びしっとしなよ岸田さん、うごけって。
 自然災害に乗じて、お隣が動いたら、本当にやられちゃうぞー。それにしても人のクレジットカードで、モノ買っても日本は、オールフリーパスの国なんですね。身分証明のいらない時代は、90年代のバブル期に終わってるはずなんだが、ボケまくり日本。石原慎太郎、三島由紀夫のお怒りが、響き渡っても、確かにもう遅いかもしれない。

2023年6月16日
by 小野田
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医者の書いた指圧の本

スペインのブルゴス県の医師サンタマリア先生が医者の立場から(西洋医学の立場から)、指圧を考察して、一冊の本を作成しました。そこで小野田茂が、序文を依頼されてスペイン語と日本語で、ない頭を絞ってどうにか書き上げました。其の序文を紹介します。スペイン語を勉強している人は、こういう風に書くのか―とおったまげて、勉強の励みにしてください。
 小生バカ言って、バカやっているけど、外国に行ったらその国の言葉をマスターして溶け込む、これがなければ、生き抜けません。定年してバンコックに移住なんて、人口シロップのような甘い甘い、移住の勧めなんかをyoutubeで観るけど、会話ぐらいすなわち、英語ができるか、海外生活の経験が、今までにないと無理だというは、まあー常識として考えるべきなのですが、経験しないと実感しないので、経験してみて初めて反省が、順番と私は常に思っています。という事で、人に迷惑かけてどんどんやればいいさが私の意見です。そしてそんな無謀な奴が、あなたのそばに現れたら、あなたが迷惑をかけた分、そんな人をなんとなく助けてやりなさいが、私の仁義道です。
               
                  序文 PLOLOGO
 日本では病気のことを「BYOU KI」という言葉で表現します。「BYOU」は苦しみ、「KI」はエネルギーという意味です。したがって、訳すと「エネルギーの苦しみ」となります。
KIの概念は東洋文化の一部であり、翻訳して説明するのは本当に複雑です。生命エネルギー」と訳されることもあり、人に限ったことではなく、「気」はすべての生物、自然界、私たちを取り巻く環境に存在するものです。
日本語で治療といえば「てあて」です。「て」は手、「あて」は置く、手を置くという意味です。また、何かをすることが遅れたときには「TE OKURE」という言葉を使います。「TE」は手、「OKURE」は遅れる、すなわち、手を差し出すのが遅れる、という意味です。
 また、「気」の話に戻りますが、日本語には、人や環境、健康など、さまざまな気分を表現する時の会話の中に「気」を含む言葉が沢山あります。
東洋医学では、目に見えないけれども、”気 “の通り道や流れを特に重要視します。しかし、目に見えないからと言って、その存在を疑ってはいけません。
喜びや悲しみといった感情もそうですし、職場のピリピリした空気も同じように気の存在を感じることができます。
アジア諸国と欧米諸国の歴史と文化は完璧に異なります。そして後者にとって「気」という概念は、はるかに馴染みの薄いものと言えます。

健康という言葉を表現するのにこういう熟語を使用します。
心身一如(SHIN SHIN ICHINYOU)という熟語です。SHINは心(精神)、SHINは体、そして一如(ICHINYOU)はバランスが取れている、または一緒にいるという意味です。すなわち心」と「体」が一体となってバランスを保っていることが、健康であるという意味です。
また 心が存在し、肉体がある。その両方が調和しているとき、始めて私たちは健康であると言えます。
今まで日本で使われている言葉を簡単に説明しました。それでは、指圧の主な特長を言及します。
日本の手技療法の一つに指圧があります。指圧治療は、西洋医学が一般的に局所的な治療、つまりミクロの治療に重点を置くのに対し、グローバル、つまりマクロの概念に基づいています。
日本では、明治時代(1886-1912)を境に、医学を含むあらゆる分野で西洋化が始まりました。そのため、先祖伝来の東洋医学は徐々に放棄され、西洋医学のみが正式に研究されるようになりました。

そのため、科学的根拠や証拠はないが、数千年にわたる経験と実践に裏打ちされた東洋医学は衰退してゆきました。しかし人々は、そんな状況にも関わらず、指圧や鍼灸、整体、漢方薬などの治療や処方をありがたく頂戴しています。
現在、日本には、厚生省に認可された指圧学校と鍼灸学校があります。それぞれ国家資格制度が存在しています。すなわち免許取得が義務づけられています。そして当然のことながら、厚生省の管理下に置かれています。
しかしこの手のセラピストは医師ではないので、進歩し続ける西洋医学よりも狭い領域で仕事をしています。
国民は医学の進歩を利用しながらも、同時に東洋医学的な治療、すなわちこれまで述べてきた手当て(TE ATE)の世界も利用し続けています。
私は、この2つは補完し合う医学であり、それぞれに利点と限界があると考えています。
私は、指圧が治療として機能し、未来があることを確信していますが、まだまだ普及させる必要があります。
サンタマリア博士は医学博士であり、マドリッドの日本指圧学校の最初の卒業生の一人です。また、伝統的な中国医学と鍼灸の訓練も受けています。つまり、東洋と西洋の両方の視点から健康や病気を理解しているお医者様です。
特に今の世の中では、多くの人が、病気や薬物治療という観点ではなく、東洋医学のように健康や予防に焦点を当て、すでに少し「手遅れ」になっているかもしれない時に、異なる視点から身体や健康についてアプローチし、理解したいと考えるかもしれません。
彼は長年にわたり、指圧が身体に及ぼす作用のメカニズムについて研究し、その知識を共有しています。
そして彼のような人たちが、指圧や鍼灸などの療法を科学的根拠をもって支えなければならないと考えています。
より多くの人が東洋医学に興味を持ち、価値を見出し、研究し、理解すること、そして指圧を受ける患者さんや指圧を研究する人たちが指圧の作用のメカニズムをよく理解することが、指圧の普及になると考えています。
サンタマリア博士の貴重な貢献に祝意を表し、感謝するとともに、今後も研究を続け、その知識を私たちに届けてくれることを願っています。
小野田茂

PLOLOGO
En Japón utilizamos el término BYOU KI para referirnos a la enfermedad. “BYOU” significa sufrimiento y “KI” energía. La traducción sería, por tanto, “sufrimiento de la energía”. El concepto de “KI” forma parte de la cultura oriental y es realmente complicado de traducir y de explicar. A veces, se traduce como “energía vital” y no es exclusivo de las personas sino que el “ki” existe en todos los seres vivos, en la naturaleza y en el medio que nos rodea.
Cuando hablamos de tratamiento en japonés nos referimos a “TE ATE”: “TE” significa mano y “ATE” poner, poner la mano. Y cuando llegamos tarde a algo, usamos la palabra “TE OKURE”: TE de nuevo, mano y OKURE demasiado tarde.
Volviendo al “ki”, en japonés tenemos muchas palabras que incluyen esta palabra dentro de otras para expresar diferentes estado de ánimo, tanto de las personas como del entorno, y de salud. El recorrido del ki y cómo fluye es clave en la medicina oriental a pesar de ser algo que no podemos ni ver físicamente. Pero no creo que debamos de dudar de la existencia de algo por no poder verlo. Las emociones como la alegría y la tristeza se sienten, y de igual forma también podemos percibir un ambiente tenso en el trabajo por ejemplo.
La historia de los países asiáticos difiere con respecto a los de occidente. Y para estos últimos, el concepto de “ki” es uno con el que están mucho menos familiarizados.
Para referirnos al término salud decimos:
1º SHIN SHIN ICHINYOU, donde SHIN significa corazón, SHIN cuerpo e ICHINYOU en equilibrio o juntos. El corazón y el cuerpo conformando una unidad en equilibrio significa salud.
2º Existe la mente y existe el cuerpo. Cuando ambos se encuentran en armonía también podemos hablar de salud.
Tras haber explicado brevemente y de manera sencilla las palabras utilizadas en Japón, me referiré a la característica primordial del Shiatsu.
Como terapia manual se basa en una concepción global o macro, es decir, trabaja todo el cuerpo para conseguir equilibrarlo, mientras que la medicina occidental se centra generalmente en el tratamiento local o micro.
En Japón, el período Meiji (1886-1912) marca un límite a partir del cual comienza la occidentalización en todos los ámbitos, incluyendo los estudios de medicina. Así, se va dejando de lado la medicina oriental ancestral y progresivamente se pasa a estudiar de manera oficial solamente la medicina occidental.
Esto produjo un decremento de la medicina oriental sin base científica ni evidencia, pero con el respaldo de la experiencia y práctica de tantos miles de años. Razón por la cual la población continuó recibiendo Shiatsu, acupuntura, Sei tai y fitoterapia, entre otros.
En la actualidad, existen en Japón escuelas de Shiatsu y escuelas de acupuntura con sus respectivas licencias y bajo el control del Ministerio de Sanidad. Los terapeutas no son médicos y se desempeñan en un campo de acción más reducido con respecto a la medicina occidental que sigue avanzando.
La población aprovecha el avance médico pero paralelamente también sigue haciendo uso del tratamiento oriental, el mundo del TE ATE como he mencionado. Creo que son dos medicinas complementarias, cada una con sus beneficios y sus limitaciones.
Estoy convencido que el Shiatsu funciona como terapia y que tiene futuro, pero aún falta difundirlo.
El Doctor Santamaría es médico y fue alumno de una de las primeras promociones de nuestra Escuela Japonesa de Shiatsu en Madrid. Además, se ha formado en medicina tradicional china y en acupuntura. Esto hace que entienda la salud y la enfermedad desde los dos puntos de vista, el oriental y el occidental. Considero que esto tiene mucho valor, especialmente en el mundo en el que vivimos en el momento actual, en el que quizás muchas personas quieran acercarse y entender el cuerpo y el bienestar desde otro punto de vista diferente, centrándonos en la salud y la prevención como se hace en la medicina oriental, y no desde la enfermedad y de la medicación, cuando ya puede que estemos un poco “te okure”.
A lo largo de estos años, ha ido estudiando y compartiendo a la vez sus conocimientos sobre el mecanismo de acción del Shiatsu sobre el cuerpo. Y personas como él, van respaldando el Shiatsu y otras terapias como la acupuntura con base y evidencia científica.
Es mi deseo que, cada vez más personas se interesen, valoren, estudien y comprendan la medicina oriental, y que los pacientes que reciben Shiatsu y las personas que lo estudien entiendan bien el mecanismo por el cual funciona.
Felicito y agradezco al Doctor Santamaría por su valiosa contribución y le deseo que continúe investigando y acercándonos sus conocimientos.

Shigeru Onoda